第14話 約束

 バカ王子が乱入するというハプニングはあったものの、ベルジュロン家の兄妹とはとても仲良くなることが出来た。

 特にベアトリス様が、またお茶会をしようと約束してくれたのだ。


「次は是非我が家に起こし下さい。今は丁度バラが見頃ですの。ミシュリーヌ様にもぜひお見せしたいわ」


 聞けばベアトリス様も時々庭師と一緒に庭のお手入れをしているという。

 ベアトリス様が育てた花なんて、見に行く以外の選択肢はない。

 ……っていうか、園芸をするなら私も一緒に混ぜて欲しい。

 ベアトリス様と二人一緒に育てる花……! そんなの、屋敷中に飾った後はドライフラワーや押し花にして、エキスを抽出してアロマオイルと香水にして、枯れないようにプリザーブドフラワーを作って永久保存だ。あ、後ポプリとかジャムとかお茶にして体内に摂取するのもいいかも。


「はい……! 是非! すごく楽しみにしています!」


 まだ日にちは決まっていないけれど、今から楽しみで仕方がない。


「その時は僕も参加してよろしいでしょうか?」


 私がベアトリス様と約束を交わしていると、シャルルも参加してくれるという。そんなの、断る理由がない。


「勿論です! シャルル様が参加してくださるととても嬉しいです! じゃあ、私何かお菓子でも作って持っていきますね!」


 麗しすぎる兄妹はもうそこにいるだけで目の保養になるし、美しさで心を浄化してくれるのだ。むしろ居てくれないと困るぐらいだ。


「まあ! ミシュリーヌ様の手作りですの?」


「えへへ。まだまだ下手くそですが」


「それはとても楽しみです」


 私が手作りすると言うと、シャルルとベアトリス様は思いの外喜んでくれた。これは前世の知識をフル活用してスイーツ王に俺はなるっ!


 そうして、次のお茶会の開催は手紙で連絡してくれることになり、私はシャルルとベアトリス様と惜しみながらお別れをした。


 二人を乗せた馬車が見えなくなるまで見送った後、私の心は得も言われぬ達成感に満たされる。


(はぁ〜〜〜〜っ! ベアたん可愛かった〜〜〜〜っ! トキメキで人が殺せるなら、もう私は1万回は死んでるね! シャルルきゅんも予想よりずっと可愛かったし……! はあ、堪らん!)


 私がお茶会の余韻に浸っていると、そっと背後から忍び寄る影が。


「ミシュリーヌお嬢様、当主様と若様がお呼びです」


「──ひっ!」


 気配のない執事さんに驚いたものの、父さま達が呼んでいると声を掛けられた私は、はっと我に返る。


(あ、バカ王子を来た早々追い出しちゃったから……)


 腐っても王族。いくらバカ王子が常識外れの糞ガキだったとしても、もうちょっと他に対処のしようがあったかもしれない。

 あの時はつい感情的になったけれど、有無を言わさず追い出すのは流石にやり過ぎだったな、と思う。


 私は恐る恐る二人が待つ執務室へと連れて行かれた。


 重厚な扉を開ければ、父さまとおじいちゃまが険しい顔をしているに違いない──そう思うと、私の足が恐怖で竦む。

 よく考えたら、父さまとおじいちゃまに叱られるのは生まれて初めてなのだ。国の最高戦力である二人が怒ったら、一体どれだけ恐ろしいのだろう。


「当主様、若様、ミシュリーヌお嬢様が参りました」


「入りなさい」


 執事さんが扉をノックし声を掛けると、中からおじいちゃまが返事をした。その声がいつもより低い気がするのは──きっと気の所為ではないのだと思う。


 扉が開くと高級品で溢れた部屋の中に、予想通り険しい顔をした父さまとおじいちゃまが私を待ち構えるように立っていた。


 ただでさえ背が高い二人に見下され、私の身体はガクガクと震えてしまう。


「ミミ!!」


「ひゃ、ひゃい!!」


 父さまが私の顔を見るなり名前を叫んだかと思うと、ダダっと駆け寄ってきて私の身体をぎゅっと抱きしめる。


「え? え?」


 てっきり怒られると思っていた私は、父さまの行動の意味がわからず慌てふためいてしまう。


「ミミ、あの糞ガキに怒鳴られたんだって……? ああ、可哀想に……! 怖かっただろう? あのガキ、声だけは大きいし態度も大きいから……! ああ、やっぱり親バカの言うことなんか無視すれば良かった! あんな奴にミミを傷つけられたかと思うと……っ!」


「ミシュリーヌには悪いことをしたのう。バカ王子はもうこの屋敷の出入りは禁止されたからの。奴がここに来ることはないから安心しておくれ」


 父さまとおじいちゃまは私を心底心配してくれていたようだ。確かに王子はすごく偉そうだったし、礼儀も知らない奴だった。

 だけど、私が取った行動だって正直褒められたものでは無かったと思う。


「……あの、そのことなんですけど……」


 私はお茶会での出来事を父さまとおじいちゃまに説明した。どこまで二人に伝わっていたかはわからないけれど。


「……なるほどね、そうだったのか。話してくれて有難う、ミミ」


「しかしミシュリーヌは肝が座っておるのう。あの王子を本当に追い出すとは」


 私の話を聞いた二人は怒ること無く私を褒めてくれた。


「で、でも、父さま達は大丈夫なのですか? 王家から何かお叱りを受けたとかは……」


 私が一番心配なのはそこなのだ。親バカと言われるほどバカ王子を可愛がっている王様が、息子を蔑ろにされて黙っているわけないのでは、と思うのだけど。


「ああ、それなら大丈夫だよ。全く心配いらないから、安心して。それに元々『王子は横暴に振る舞わず、大人しくすること』を条件にしていたんだよ? 約束を反故したのは王子の方だからね」


 父さまの説明に私は「あ、そう言えば」と思い出す。

 確かに王子が来ると聞いた時、条件を出していたって父さまは言っていた。


「じゃあ、ランベール家にお咎めはないのですか?」


「勿論じゃ。むしろ非は向こうにある。ミシュリーヌが望むなら奴に謝罪をさせるぞ?」


「いえ、結構です」


 私はおじいちゃまの提案を速攻で断った。出来れば王子とはもう関わりたくないのだ。


「はっはっは。そうかそうか。ミシュリーヌは王子が嫌いか!」


「もうあの方とは会いたくありません」


「安心したよ。アレでも王子だからね。見た目も悪くないし、一部の令嬢には人気があるらしいから、もしミミが一目惚れでもしたらどうしようかと内心ヒヤヒヤだったよ」


「好きなタイプじゃないので、それはないです」


 確かにあのバカ王子は将来美しく成長する。だけど原作を知っているからか、いくら美形でも彼には全く興味がない。

 タイプと言えば、シャルルの方が私のタイプだと思う。まあ、ベアトリス様を可愛がっているのなら、ではあるが。


 そう言えば、原作ではシャルルはベアトリス様に対して無関心だった。っていうか、感情が抜け落ちているかのような印象だった。

 だけど、今日実際にこの目で見たシャルルは、妹想いでとても明るい男の子だった。


 今から原作が始まる間に、シャルルの感情が失くなるような、事件か何かがあったのだろうか。

 ベルジュロン家といえば他にも問題がある。


「父さま、どうしてベルジュロン家とランベール家は仲が悪いのですか?」


「……え」


 シャルルとベアトリス様も知っているぐらいなのだから、かなり有名な話なのだろう。でも私はもう麗しすぎるあの兄妹と仲良くなった。いや、もっと仲良くなりたいのだ。

 ならば、お互いの家の仲が険悪だととても困ってしまう。


「私、ベアトリス様とお友達になりたいのです。でも、お家同士の仲が悪いと中々会えないでしょう?」


「ミミ……」


 とても返答に困る質問だと自分でも思う。だけど原因をハッキリさせないと対策を練ることすら出来ない。

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