第13話 最低な出会い

 ベアトリス様と会えた喜びで感極まった私は、ベルジュロン家の二人の前で大量の涙を流してしまった。


 そんな私をベアトリス様はドン引きするでもなく、聖母のように慈悲深い笑みを浮かべながら、その美しい御手で優しく慰めて下さったのだ。

 しかもベアトリス様が直に刺繍したハンカチを私に下賜されると言う。


「あ、有難うございます……っ! 本当に有難うございます!! 絶対大切に、家宝にします!!」


 ──私はこの瞬間、これからの目標を定めた。それは、時空間魔法の習得だ。


 この世界には魔法があり、生きとし生けるもの全てに魔力が宿っている。

 私に魔法の素質があるのかどうか、現時点では何もわからないけれど、ベアトリス様からいただいたこのハンカチを保存するためには、時空間魔法が必要なのだ。


 時間の流れは残酷だ。全てのものに平等に時間は流れるけれど、ベアトリス様からいただいた初めてのプレゼントを経年劣化させるわけにはいかないのだ。

 最高の状態で保存するためにも、一刻も早く時空間魔法を取得せねばなるまい。


「あ、大切なお客様をいつまでも玄関でお待たせしてしまうなんて……! 申し訳ありません!! さあ、こちらへどうぞ!!」


 私が泣き出してしまったせいで、ずっと玄関に二人を足止めしてしまっていた。これはホスト側の大失態だ。


 ベルジュロン家の麗しいご兄妹をテラスに案内し、メイドさんにお茶を淹れて貰い、ようやく私は落ち着くことが出来た。


「あの、先程は醜態を晒してしまい、大変失礼いたしました……」


 すっかりシラフに戻った私は、ベアトリス様に心から謝罪した。

 下手をすれば、もう二度と私と会って貰えないかもしれないからだ。


「ふふふ、ミシュリーヌ様って面白い方なのですね。わたくし、少し心配でしたの……」


 だけど、私の不安は杞憂だったようで、ベアトリス様は菩薩のように慈悲深かった。そんなベアトリス様の心を不安にさせるものとは、一体何だろうと思う。


「心配、ですか……?」


 ベアトリス様が申し訳無さそうに、眉を八の字にして微笑んでいる。そんな顔も犯罪級に可愛らしい。


「はい、我がベルジュロン家とミシュリーヌ様のランベール家はその……あまり仲がよろしくないとお聞きしていましたので……」


 宰相も騎士団長も、国の重責を担う役職だ。だから以前から二人はよく意見がぶつかっていたらしい。

 そして今回の魔物の異常発生の件で、二人の仲はさらに険悪になってしまったという。


「今回の訪問も、お父様が無理矢理ねじ込んだらしく、ミシュリーヌ様を驚かせてしまいました」


「言い訳をさせていただきますと、セドリック卿からは了承の返事をいただいておりました。ただ、ミシュリーヌ嬢に伝わる前に僕たちが到着してしまって……」


 私は二人の話を聞いてなるほど、と思う。前触れなしの訪問なんてタブー以外の何物でもない。それが貴族ともなれば尚更だ。

 この世界には携帯電話とか便利なものはないし、連絡が行き違っても仕方がない。


「とんでもありません! 私にとってはこれ以上無いサプライズプレゼントです! お二人がお越し下さって本当に嬉しいです!」


 私は満面の笑みを浮かべて言った。

 いや、本当にバカ王子と二人っきりになるよりは余程良い。むしろ来てくれて助かった。……っていうかねじ込んでくれた宰相には感謝しなければならない。


「ベルジュロン侯爵にもお礼をお伝え下さい。とても私がとても喜んでいたと」


 私の言葉に、麗しいご兄妹はホッと安堵の表情を浮かべた。彼らも此処へ来るのは嫌だったと思う。それなのにそんな様子は一切見せず、礼儀正しく接してくれた二人を私は心から尊敬する。


「ミシュリーヌ嬢はとても広い心をお持ちなのですね」


「本当に。わたくし達を受け入れてくださるなんて、ミシュリーヌ様はお優しいですわ」


「そ、そんな……! 優しくなんてないですから……!」


 麗しいご兄妹に褒められた私は舞い上がってしまう。だけど私は優しくなんか無いのだ。もし今回来てくれたのがベアトリス様達でなかったら、追い返していたかもしれないし。


 初めて会った時の緊張はすっかり解れ、打ち解けることが出来た私達は自然と笑顔になった。


 色々あって遅くなったけれど、今からお茶会を始めようと思った私は、ふと違和感を感じてしまう。


(……ん? そう言えば何か忘れているような……?)


 忘れるぐらいなのだから大したことではないか、と思った瞬間、ものすごい勢いで扉が開かれた。


「おいっ! どうして誰も迎えに来ない!! 俺は王族だぞ!!」


 叫び声を上げているのは、金色の髪に赤い瞳の美少年で、見るからに高貴な生まれだとわかる。


(あ、忘れてた)


 そうか、忘れていたのはバカ王子だったのか。来なくても良かったのに、良い気分が台無しだ。


「これは大変失礼いたしました。私はミシュリーヌ・ランベールと申します。殿下が中々お見えにならなかったので、もう来られないのかと心配しておりました」


 私はバカ王子の前まで行きカーテシーすると、にっこりと微笑んだ。


「……ほう。貴様がミシュリーヌか」


 バカ王子は名乗りもせず、ジロジロと不躾な視線を送ってくる。


「殿下のことは父から聞いています。しかし今日は同年代同士、身分関係なく親交を深めるようにと申しておりました」


「ふん……! 俺は女と馴れ合うつもりはない!」


「じゃあお帰りください」


 思わず本音がポロリと口から漏れてしまった。

 正直会いたくなかったので、ここで帰ってくれるなら有り難い。


 だけど私の言葉を聞いた王子の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。


「き、貴様……! 生意気なっ!! それが王族に対する態度かっ!!」


 どうやら私の本音はバカ王子のプライドを傷つけてしまったらしい。


 私はちらっと横目で時計を見る。時刻はお茶会開始の時間よりかなり進んでいた。


「お言葉ですが、時間にかなり遅れた上に、到着早々声を荒らげられ、名乗りもせず親交を深めるつもりもないのなら、一体何をしに此処へいらっしゃったのですか?」


 やむを得ない事情で遅刻するのは仕方がない。何事も予想外のことは起こるものだし。だけど名前も名乗らず女だから仲良くしないって、何じゃそらとしか思えない。


「俺は、セドリック卿がお前の自慢をするから、どんな奴かと見てやろうと……!」


「じゃあ、もう用は終わりましたね。それでは御機嫌よう」


 私は優雅に見えるように微笑んでバカ王子にカーテシーする。


「え、ちょ、おま……っ!!」


 慌てふためく王子の身体をグイグイ押して、部屋の外まで追いやると、私は有無を言わさず扉を閉めた。もちろん鍵をするのを忘れない。


 しばらくドンドンと扉を叩く音と何かを叫ぶ声がしたけれど、私はさっさとテラスの席に戻って麗しすぎる兄妹に謝罪する。


「大変見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません」


 笑顔で取り繕ってみたものの。シャルルとベアトリス様は揃ってポカーンとしている。流石にさっきはやりすぎてしまったかもしれない。


 結局、父さまの言う通り王子を追い出すことになってしまった。認めたくはなかったけれど、この性格は父譲りだったらしい。


 ちなみに見苦しいものの中にバカ王子のことも入っている。


「……くっ! あはははっ!! あんな顔の殿下は始めて見たよ!」


「ふふふっ、ミシュリーヌ様はとても勇敢なのですね。私なら泣いてしまいます」


 麗しすぎる兄妹の自然な笑顔は正に天使だった。この笑顔を見ることが出来ただけでお茶会を開いて本当に良かったと思う。


 ……まあ、本来の趣旨からは外れてしまったけれど。

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