第15話 打診
ベアトリス様ともっと仲良くなりたい私は、どうしてベルジュロン家と仲が悪いのか父さまに質問した。
もしかしたら貴族間の派閥問題とか色々理由があるのかもしれない。
「うーん、それなんだけどねぇ……」
父さまはどう説明しようか悩んでいるようだ。そんな複雑な事情があるのだろうかと心配になる。
「まあ、アイツとは──あ、宰相はシプリアン・ベルジュロンって名前なんだけど、シプリアンとは子供の頃からずっとライバル同士でね。学院でもいつも首位争いをしていたんだよ」
「ライバル……!」
ある程度予想はしていたけれど、二人はライバルの方だったらしい。だったらあくまでも個人間の問題であって、家同士の関係が悪いわけでは無かったのだとほっとする。
「そうじゃ! ベルジュロン家は我が家門のライバルなのじゃ! ワシも前ベルジュロン家当主とはライバルじゃったわい」
「え」
ほっとしたのも束の間、宰相の家系と騎士団長の家系は昔から因縁があったようだ。
「……なんてね。ずっとライバル同士だったけれど、それももう僕の代で終わりだろうね」
「え……? あ、そうか!」
ベルジュロン家にはシャルルがいるけれど、ランベール家には私しか子供がいない。しかも私は女だし、流石に騎士団長になんてなれないしなるつもりもない。
「もしかしたらベルジュロン家の令嬢とミミがライバルになるかも……って懸念していたけれど、どうやらその心配はいらないみたいだね」
ベアトリス様とライバルなんて、私はそんな恐ろしいものには絶対になりたくない。
拳で語り合いたくもないし、お互いを蹴落とそうとするのも嫌だ。
ただ私はモブキャラのように、ベアトリス様のそばに常に控え、見守りたいだけなのだ。
「はい! 私はベアトリス様とは心の友……親友になりたいのです! ライバルなんてなりたくないです!」
私の必死の訴えに、父さまは嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かった。じゃあ、ベルジュロン家の令嬢が王子と婚約しても大丈夫だね」
「え……っ」
私は一瞬、父さまが何を言っているかわからなかった。
「丁度今ランベール家とベルジュロン家に王家から打診が来ていてね。どちらかの娘を王子の婚約者として迎え入れたいらしいんだ。元々断るつもりでいたけど、取り敢えずミミに話さなきゃって思っていたんだよ。でもミミは王子が嫌いみたいだったから、喜んで打診を断れるかなって」
確かに原作ではこの時期にベアトリス様とバカ王子は婚約していた。だけど、ベアトリス様はまだ怪我をしていない。
「あの、婚約って早くないですか? まだ五歳なのに……。あ、私は大人になっても王子はお断りですけど」
正直王子なんてどうでも良いけど、それでも五歳で婚約とか早過ぎだと思う。これからもっと沢山の人と出逢って世界が広がるのに。婚約でお互いを縛るのは勿体ない。
実際、ベアトリス様は学院でオーレリアンと出逢うし。
それにしても我がランベール家にも打診が来ていたとは思わなかった。これも父さまが生きているから発生した別ルートだろうか。
「王家としては優秀な令嬢をキープしておきたいんじゃないかなぁ。うちはともかく、ベルジュロン家の方は喜んで打診を受けると思う」
ベアトリス様の父親が野心家なら、当然なのだろう。でも……。
──それはベアトリス様の意思を尊重した婚約なのだろうか。
今日のお茶会で、王子を見たベアトリス様の瞳に好意的な色は無かった。それに王子のことを怖がっていたし。
ベアトリス様はとても優秀だから、取り込んでおきたい王家の気持ちもわかる。だけど、ベアトリス様を道具のように扱うのは許せない。
「あの、父さま。婚約ですが、まだ断らないで欲しいです」
私が婚約の打診を断れば、自動的にベアトリス様が婚約者になってしまう。なら、出来るだけ婚約を伸ばすためにも、しばらくは表面上婚約者争いをしていると装った方が良いだろう。
「ミミ……。それは、ベルジュロン家の令嬢の為かい?」
さすが父さま、私の考えはお見通しのようだ。説明の手間が省けてとても助かる。
「はい。ベアトリス様が望まない婚約なんて、私は嫌なのです……」
貴族家の令嬢として生まれたからには、家のために政略結婚は避けて通れない。それに現時点では王子との婚約が一番好条件だろう。
でも、ベアトリス様にはオーレリアンがいる。オーレリアンのおかげでベアトリス様の灰色の人生は鮮やかに色付くのだ。
私はベアトリス様が幸せになる可能性をもっと広げたい。
「わかったよ。じゃあ、返事は保留ということで」
「父さま! 有難う!」
物分りの良い父さまでホント良かった。これで少しは時間稼ぎ出来るだろうから、その間にベアトリス様と会って、本心を聞かせて貰おう。
* * * * * *
ベアトリス様と邂逅し、婚約の打診があると父さまから聞かされた日から一週間後、とうとうベアトリス様からお茶会のお誘いを頂いた。
(ひゃ〜〜〜〜っ!! ベアたんの直筆!! すごく字が綺麗!!)
可愛い封筒に入れられたベアトリス様からの手紙には、三日後のお茶会にぜひ来て欲しいと書かれていた。
私は手紙を読んですぐ、手土産は何にしようかと考える。
この世界は漫画が原作ということもあり、中世のヨーロッパっぽい世界観ではあるものの、前の世界とそう変わらない食文化があった。
だからマヨネーズを作って大儲けなんて出来ないし、唐揚げやとんかつみたいな揚げ物も普通にある。
(うーん、クッキーやケーキだって普通にあるし、珍しいスイーツって言っても運ぶことを考えたら限られるし……)
さすがにこの世界に保冷剤はない。もちろんクーラーバックもだ。なら、冷菓やゼリーなんかは候補から排除だ。
(やっぱり焼き菓子かなぁ……。目新しくもないけれど、無難といえば無難だし)
ここは鉄板の焼き菓子に決めた方が良いだろう。変に凝って失敗したら目も当てられない。
焼き菓子は、マドレーヌやフィナンシェ、スコーンにマフィンと沢山種類がある。その中で受けが良さそうなものはどれだろうと考えていると、頭の中でピコーンと電球が光った。
(あ! そうだ! この世界にはあまり無いものがあった!)
現代の日本人が生活するには何不自由なく暮らせるこの世界だけど、欠けているものが一つだけあった。それは、サブカルチャーだ。
中世ヨーロッパが舞台のこの世界、魔法はあってもテレビやパソコン、漫画やアニメは勿論存在しない。観劇か大衆演芸が精々だろう。
そして私は自他ともに認めるオタク──! 人並みにイラストが描けるのだ。
これでも薄い本を出したこともあるし、投稿サイトも利用していた。ちなみにフォロワーは四桁に及んでいたと思う。
私の知識ではチートなんて出来なかったけれど、サブカルではチートが出来るのではないか──と、私は確信する。
そうなれば善は急げだ。ベアトリス様に捧げる初めての供物に粗相があってはならない。
私は早速図書室へ向かい、思い付いたアイデアを活かすべく本を探す。
そうして準備と構想を練り、料理長の協力を取り付けた私は、試行錯誤を繰り返した末、遂に手土産のスイーツを完成させる。
我ながらかなり上手に出来たと思うし、ベアトリス様ならきっと喜んでくれるだろう。
──明日のお茶会当日がとても楽しみだ。
ちなみに、ベアトリス様直筆の手紙もハンカチ同様、時空間魔法で保存している。
父さまに魔法を習いたいとお願いしたら、宮廷魔術師を先生として招き入れてくれたのだ。
改めて父さまにはお礼をしなければならないな、と思う。
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