第19話

 「すこし、待っていただけますこと」

優しそうな女性の声が聞こえた。

「わたくしにも、お見送りをさせてくださいませな」

 

 「来ておったか、テラネーア」

美と愛を司る女神、テラネーア様。

 

 ゆるくウェーブがかかった輝く白銀の髪は腰まである。

ほっそりとした体つき。

長いまつげに縁取られた目のひとみはエメラルドグリーン。

 

 「戦いには、わたくしは関係ございませんから修練にはおつきあいしませんでしたが」

そう言って私とユウリとを見つめた。

 

 「ふたりとも、よく頑張りましたね。これからのふたりによき道が拡がりますように。わたくしたちのパワーが使えるのは、彼女のほうでしたわね」

そして私にむかって言った。

 

 「忘れないでくださいませね。愛に勝るものは、ありませんわ」

そうして私の服の胸元にピンを刺してくれた。

キラキラ光る小さなピンク色の石がついたピン。

 

 「あなたが愛で困った時は、きっと助けになってくれるわ」

「ありがとうございます」

 

 「よいか?テラネーア」

「ええ。お時間をいただきありがとうございます」

 

 「では、そろそろ出発するぞ」

「はい」「はい」

私とユウリは同時に返事をした。

 

 光の柱に入る前に、もういちどふりかえり一礼をした。

「ご指導いただき、ありがとうございました」

ほんとうは、もっと違う言葉のほうがよかったかもしれないけれど。

 

 「では、行ってまいるがよい」

スノウクロア様は、最後にそう声をかけてくれた。

 

 光の柱の中では、来たときと同じように高いところから落ちるような、それでいて引っ張り上げられるような不思議な感覚があった。

 

 ふ……と、浮遊感がきえたと感じると同時に、光の柱も消えていた。

「武運を祈るぞ」

メールス様の声に送られて立った場所は、神託の間だった。

 

 「戻ってまいったか」

そこには神官長の姿があった。

「ただいま、戻りました」

 

 「ふむ……戻ってまいったということは、修練がすんだという証じゃな」

「はい。スノウクロア様が本日で終了とするとおっしゃいました」

「さようか」

 

 「では、早速……と言いたいところじゃが、このところは魔物はおとなしくしているようだ。魔物が出てくる予兆なり、動きがあった時点で召集するゆえ、それまで自宅にての待機とする。ご苦労であった」

 

 来たときと同じ方法で帰宅する。

違うのは、前回はひとりだったけれど今度はユウリが一緒だっていうこと。

「よかった……戻ってすぐに戦いに行けって言われるかもって思ってたんだ」

 

 屈託なく笑うユウリ。

私はそんなことなんて考えてもいなかった。

それよりも……。

 

 「ねぇ、自宅待機っていうことは学校にも行かないといけないんだよね」

「ああ、そうか。そういうことになるよね」

「……行きたくないなぁ。もちろん家にいるのも楽しくはないけれど」

 

 「実は、ぼくも行きたくないんだ」

「え?そうなの?」

「うん。学校は好きだよ、勉強も楽しいし。だけど……先生の教え方が下手でさ。自分ひとりで勉強したほうがよくわかるんだよね」

 

 「そ、そうなんだ」

「あと学校では、修練の間みたいにユーリと話すことができなくてつまらなそうだから」

そうだった。

 

 「そうだね。私もつまらないかも」

かも、じゃなくてつまらないってちゃんと言えばいいのに!私!

「でも、大丈夫。頑張れるよ」

 

 「あ、でも。あいさつ?おはようとか、そのくらいだったら大丈夫かも」

ユウリが提案してきた。

「うん。そうだね。でも、無理そうだったらやめてよ?」

 

 おしゃべりをしているうちに、あっという間に家についてしまった。

ユウリのほうが近いから、先に降りるのはユウリ。

ユウリの家の前には、出迎えらしいメイドや執事らしい人が立って待っていた。

 

 乗り物が音もなく停まる。 

「みんな、待ってなくてもいいのに……送っていただき、ありがとうございました。じゃあねユーリ、また学校で」

「じゃあね」

 

 ユウリを降ろしたあと程なくして私の家へと到着した。

空はまだ明るく、休む時間ではないというのに誰も出迎えてはくれなかった。

いつものことだから、気にもしてないけれど。

 

 「……帰宅の報せは伝わっているはずですが」

操縦席の神官が口にする。

「いえ、いつものことですから。送っていただきありがとうございました」

 

 「よろしいのですか?なんとなれば中までお送りしろと神官長より承っておりますが」

「ありがとうございます。でもひとりで大丈夫です」

 

 神官は心配そうな目を向けてきたけれど、私は気づかないふりをして一礼し扉を開けて家に入った。

頼ってもよかったけれど……そんなことしたら殿と言われるのが目に見えている。

 

 それとも無視されて一顧だにされないかしら。

 

 リビングに……と思ったけれど、執務室に向かうことにした。

おそらくそっちの部屋にいるはずだし、執務室だったら執事が横に控えている。

彼は、少なくともメイドたちよりは私に好意的だから少しは気分がラクだと思う。

 

 コンコン

扉をノックする。

「誰だ」

 


 

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