幕間:アナスタシアの片思い

 私はアナスタシア・マルソー。


 魔国と接する北方地区に広大な領土を持つマルソー辺境伯の娘だ。


 私は小さい頃から天才少女と呼ばれ、数々の魔法大会で優勝を総ナメにしていた。


 そんなとき、全国ジュニア大会の決勝で、ソフィア・ベリタティスに初めて出会った。


 ジュニア大会の出場資格である十五歳までは、体に負担がかからないように、構文が単純な初級魔法に制限されており、魔力と魔圧での勝負となる。


 当時十歳の私とソフィアは同い年。天才少女同士の対決は、ソフィアに軍配が上がった。


 私は生まれて初めて挫折を味わった。


 以来、魔法学園に入学するまで、私は一度もソフィアに勝てず、万年二位の座に甘んじていた。


 だが、学園に入ってから立場が逆転した。ソフィアは初級魔法しか使えなかったのだ。


 中級魔法が出来るようになると、どんなに威力が強くても、初級魔法はレジストできる。


 学園での最初の実技試験で、私はソフィアに初めて勝利した。私だけではなく、大多数の生徒がソフィアを打ち負かして行く。


 かつて私の前に立ちはだかったソフィアが落ちぶれていく様は、とても悲しく哀れだった。


 そんなソフィアにだんだんと興味がなくなって行った私は、隣のクラスの黒髪黒目のすごく格好いい男の子に興味を持つようになっていた。シエルというらしい。私の初恋だった。


 シエルのソロでの魔法の成績は今ひとつパッとしないが、魔法の構文記述能力が天才的だった。そのため、ペア魔法のアタッカーとして人気があり、そのルックスの良さから、女性からのオファーが絶えないようだった。


(思い切って、私も申し込んでみようかしら)


 私は新入生の中ではソロランクが1位だったし、容姿にも自信があった。


 ところが、シエルはパートナーにソフィアを選んでしまった。しかも、絶対女王と言われていたエルザ様とリリアナ様のペアを呆気なく破って優勝してしまったのだ。あの強さには誰も太刀打ち出来ないと思わせるほど圧倒的だった。


 またしても私の前にソフィアが立ちはだかった。


(どうして、いつもこの子は私の邪魔をするのよ)


 でも、二人は恋人になった訳ではない。チャンスはまだあるはず。


 そう思って、機会を伺っていた私にエドワード王子が纏わりついて来た。あまりよい噂を聞かない人物だった。少し身の危険を感じ始め、多少言葉を交わしたことのある婚約者のエルザ様に思い切ってご相談しようかと思ったとき、シエルが私に声をかけて来た。


 私は心臓が喉から飛び出すかと思うぐらいドキドキした。


「アナスタシアさん、エドワード王子にあなたに近づかないようお願いしておきました。もう大丈夫です。魔法の修行に集中してください。何かあったら、いつでも相談に来て下さい」


「は、はい」


(何なの、助けてくれたの!?)


 私の心は完全にシエルのものとなってしまった。


 だが、シエルは依然ソフィアとペアのままで、私の初恋は儚く散るかと思われた。


 ところが、二年生の夏休みに起きた事件で、事態は急転する。


 ご卒業されたエルザ様が戦死されたという知らせが届いたのだ。綺麗で優しい先輩で、全生徒から慕われていた。私もかなりショックを受けたが、シエルとソフィアはすぐにエルザ様の捜索に向かった。彼らはエルザ様の死を信じなかったのだ。


 夏休みが明けて、帰って来た二人は豹変していた。シエルは憔悴し切っていた。ソフィアは表情が抜け落ちてしまっていた。


 二人はエルザ様のご遺体を見つけることが出来ず、大喧嘩をして、ペアを解消したらしい。


 そして、さらに驚くべきことに、ソフィアがエドワード王子との婚約を発表したのだ。


(いったい何がどうなっているの? よく分からないけど、私にとっては大チャンスだわ)


 私はシエルにペア魔法のパートナーになって欲しいとお願いした。


 シエルはあっさりと承諾した。


 私は天にも昇る気持ちだったが、実はこれが苦しい片思いの始まりだったことを後で嫌というほど思い知らされる。


 シエルには忘れられない初恋の女性がいたのだ。

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