第8話 思わぬことになりました
塹壕にあるエルザの石像を最初に見つけたのは、魔族の兵士たちであった。
「ちょっと待ってくれ。何かあるぞ。石像?」
エルザは見つからないように塹壕の奥の溝に隠れて石化したのだが、爆撃の振動で少しずつ動いて、よく注意すれば見つかるようになってしまっていた。
「えらく綺麗な女性像だな。人族が崇める女神か何かの像かな?」
「まるで生きているようだ。本当に綺麗な女性だ。持って行こう」
「思ったより軽いな」
エルザの石像は兵士たちが回収し、魔族の王に献上され、魔王殿に飾られてしまった。
そして十年の月日が流れた。
「女神様、おはようございます。ああ、今日もお美しい。毎朝心が洗われます」
エルザの石像の前で、毎朝の礼拝を行うのは、魔族の皇太子、ゼクウであった。十二歳の成人式の日に初めてエルザの石像を見て一目惚れしてしまい、それ以来七年間、毎日欠かさず魔王殿に来て、エルザの石像に話しかけていた。
魔族も人族も生物学的には同じで、見た目もほとんど変わらないが、魔族には魔力の強さが髪と目の色に現れるという特徴があった。
ゼクウは黒髪黒目の最高峰の魔法使いであった。ゼクウの研ぎ澄まされた美貌は、魔族の令嬢たちの心を掴んでやまなかったが、ゼクウは十九歳になっても婚約者を決めなかった。そのため、誰が皇太子妃の座に着くかが、令嬢たちの最大の関心事となっていた。
ちなみに、ゼクウが婚約者を決めないのは、石像の女神に恋しているからだが、さすがにそれを話すと、気持ち悪がられることぐらいはゼクウにも分かっていた。それに、石像を壊そうとする女性が現れないとも限らない。そのため、石像に恋していることはひた隠しにしていた。
とはいえ、ゼクウは石像のことが気になって仕方がない。そのため、自らの諜報機関に石像の調査を命じていた。
「石像について、新たな情報は入手できたのか?」
「はい、人族のパルマ家が、どうもこの石像を探しているようです」
「何? あのパルマ家か」
人族の王家とパルマ家がここ数年揉めているという噂があるが、人族の罠かもしれないため、動向を探っていたのだが、思いもよらぬ副産物が出てきたようだ。
「一度接触してみるか」
「パルマ家にですか!?」
「そうだ。皇太子としてではなく、一個人として、石像について話したいと伝えてくれ」
(髪の毛の一本一本、まつ毛の一本一本まであのように精巧な彫刻が出来るとは思えない。あれは石像ではなく、噂に聞いた石化の魔法だと思う。パルマ家は石化を解除出来るのではないか)
***
「アナ、どう思う?」
ゼクウの使者が帰った後、シエルはアナスタシアに感想をたずねた。
「エルザ様に間違いないと思います。エルザ様が向かって行ったといわれている丘の向こうの塹壕で回収されたこと、回収された日付、石像の重さ、容姿の特徴などぴったり一致しています」
「間違いないね。問題は場所か。魔王の城のど真ん中に行って、無事でいられると思う?」
「シエル様、王国でもお命を狙われております。むしろ、魔国の方が安全かと」
「まさかソフィアがああなってしまうとはね。エルザ様も知れば悲しまれるだろう。妹のようにかわいがっておられたから」
ソフィアは王妃の地位に目が眩み、エルザが死亡認定された後、エドワードの婚約者となり、エドワードは国王に、ソフィアは王妃になっていた。
「……シエル様、私もお供します」
「ああ、君がいなければ、僕は何もできないからな。行くとなれば、いくら危険でもついて来てもらうよ」
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