第二章 石像編

第7話 名誉の戦死を選びました

「名誉の戦死をすれば、婚約解消できて、一族にも迷惑はかからないのだけれど、問題は私が死んでしまうことなの」


「はあ、それはもはや作戦とはいえないのではないでしょうか、お姉様」


 ソフィアとすっかり仲が良くなった私は、彼女にも婚約解消の作戦会議に加わってもらっていた。


 シエルが真剣に考えている。


(この子、本当に格好いいわ。ソフィア、私に譲ってくれないかしら……)


 私はシエルが大好きになってしまっていたが、ソフィアのことも可愛いので、二人の恋路の邪魔はしないようにしていた。


 シエルが口を開いた。


「戦死と見せかけることは可能です。ただ、魔法使いの戦死はほぼゼロですし、王子の婚約者が危険な場所に配置されることはないと思います」


 男性は王族であっても一年間の軍役が課せられる。また、魔法使いに関しては、女性も軍役の義務がある。魔法使いは軍では非常に重用され、死亡することはまずないため、魔法学園の卒業生も軍に進むものが多い。


 エドワードと私も例外ではない。卒業後、一年間の軍役を務めた後、結婚する予定だった。


「チャンスはあるはずなの。それで、そのチャンスが来たとき、死んじゃうのは困るから、私自身に石化の魔法をかけて、石になって耐えようと思うの。二人には、ほとぼりが覚めた頃に私を回収して石化を解いて欲しいのよ」


「き、危険すぎます」


 すぐにソフィアが反対した。


「危険なのは承知しているけど、誰にも迷惑をかけずに婚約解消するには、危険を冒すしかないと思うの」


 シエルは私をじっと見てから、ふうと息を吐いた。


「石化の魔法の構文を見せていただけますか」


「ちょっとシエル!」


 ソフィアがシエルを睨んだ。


「エルザ様はエドワード王子との結婚が死ぬよりもお嫌なのだ。命をかけて結婚から逃れようとされている。そのご意志を尊重して、僕たちは僕たちに出来ることをしよう」


 ソフィアはすぐには納得いかないようだが、とりあえずは黙っている。


「ありがとう。今、見せるわね」


 私は魔法を構築して、魔闘技場の標的に向かって放った。標的が瞬時に石化した。


 次に石化解除の魔法を放ち、標的を元に戻した。


 魔法の構文は魔法を放つ際に鑑識魔法で閲覧できる。鑑識能力が高い場合には複写もできる。シエルは複写ができるようだ。


「さすがエルザ様です。美しい構文です。これなら石化中の強度も十分ですし、解除も高位の魔法使いでないと無理そうです」


「あなたたちなら大丈夫でしょう?」


 二人は先日のペア戦で圧倒的な勝利をあげて優勝していた。


「はい、大丈夫です」


「では、お願いね」


***


 それから、一年後。遂にチャンスが到来した。


「隊長、私が囮になって、敵を引きつけます」


 私は魔法部隊に配属されていた。


「ダメだ。万一のことがあったら、王室に顔向け出来ない。別の方法を考える」


「王室の人間はこんなときこそ、皆のために率先して動くべきです。やらせて下さい。行きますっ」


「あ、おいっ、エルザ中尉っ」


 これが最初で最後のチャンスかもしれない。魔族の兵士たちが王国の魔法部隊の戦力を削減しようと、帰還を考えずに特攻して来たのだ。その奇策に王国軍は完全に面食らってしまい、魔法部隊の待機する区画への侵入を許してしまった。


 だが、敵はまだ魔法部隊の正確な位置を把握していない。敵に魔法部隊の位置を誤認させるため、私は囮を買って出たのであった。


 私は魔法の砲撃を行いながら、敵を引きつけて、出来るだけ魔法部隊から離れるように動いた。


 敵を上手く誘導できたように思う。丘を越えたところに塹壕があり、私はそこから砲撃を出し続けた。


 敵が近づいて来るのが分かる。


(敵に見つかる可能性もある。制服はまずいわ)


 私は魔法部隊の制服を抜いで、白いシュミーズの状態になった。そして、奥の方の溝の部分に横たわるようにして隠れ、石化の魔法を自分自身にかけた。


(シエル、ソフィア、任せたわよ)


 私の意識は途切れた。

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