その色彩に彩りはない

十三番目

交わらない色


 幼い頃から一緒だった。


 俺らを見かけた人たちから、仲良しトリオなんて呼ばれるくらいには、ずっとずっと側にいたんだ──。




「記憶……喪失、ですか」


「はい。ただ、特定の人物に対する記憶のみ無くなっているんです」


「それって……」


 優しいさやと、大人びたしき。

 俺の大切な親友たちだ。


 しきがさやのことを忘れたのは、突然の出来事だった。



「どうだった?」


「身体の方はもう平気らしい」


「そう言うってことは、他にも問題があったんでしょ?」


 まるでお見通しだとでも言うようなさやに、俺は乾いた笑みを浮かべた。


「さや、あのな……しきのやつは──」


 拳から血が出そうなほど握りしめながら、俺はその言葉を口にしていく。

 さやがどんな顔をするのか怖くて、話が終わってからも顔を上げられずにいた。


「そっか」


 ぽつりと降る雨のように、さやの声が静かに沁み渡っていく。

 顔を上げた先で見えたさやは、小さく微笑んでいた。


「逆に良かったのかも」


「何言ってんだ! おまえら付き合ってんだろ!? 良いわけあるかよ!」


 声を荒げる俺に、さやはどこか諦めたような表情で笑っている。


「あと1ヶ月なんだって」


「なに言って……」


「余命宣告、されちゃったの」


 一瞬、呼吸の仕方を忘れていた。

 喉に詰まった息が、次に出る言葉を塞いでいる。


「だからしきは、覚えてない方がいい」


 そう言って笑ったさやの姿は、今でも脳裏にこびりついて離れない。


 そんなことないって言えなかった俺を、さやは少しも責めなかった。

 写真の中で綺麗に笑うさやの色鮮やかな表情に、線香をあげる手が止まりそうになるほど。



 いつまでもさやは、美しいままだった。



 帰りの道を、俺は呆然と歩いている。


 人は限界を超えると、無気力になるのかもしれない。

 いつもより遅いスピードで歩く俺の背中に、よく知る声が聞こえた。


「よう遠藤。今帰りか?」


「しき……」


 こちらに手を上げ、近寄ってくるしき。

 もう一人の親友の姿に、俺は上手く言葉を返すことが出来なかった。


「どうしたんだよ。お前の家は反対だろ? こっちに何か用事でもあったのか?」


「……」


 何も答えない俺にしきは眉を顰めていたが、俺の服装と染みついた線香のにおいに、大体の理由を察したらしい。


「あー……悪い。今のなしで」


 しきはバツの悪そうな顔で頭を掻くと、「行こうぜ」と言いながら帰りの道を進んでいく。

 俺の家へ向かう道をまっすぐ進んでいくしきに、何とも言えない気持ちがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


「ほんとに、覚えてないのかよ……」


「遠藤?」


「本当に何も! 思い出せないのかよ!?」


 いきなり声を荒げた俺に、しきは驚いた様子で目を見開いている。


「どうしたんだよ遠藤。らしくないぞ」


 俺はしきの胸ぐらを掴みあげると、塀に勢いよく押しつけた。

 さすがのしきも看過できなかったようで、俺の腕を外そうと力を込めて押し返してくる。


 緊迫した状況の中、俺のポケットから滑り落ちたスマホが地面にぶつかる音がした。


「あ……」


 気の抜けた声がしきから漏れていく。

 俺は脱力したように手を離すと、その場に力無く佇んだ。


 しきがスマホを拾う気配がする。


 真面目なしきのことだ。すぐに返してくるだろう。

 そう思っていたが、何故かいつまで経ってもしきがスマホを渡してくる気配がない。


「……おい、しき──」


 声をかけた先で見えた光景は、スマホを見ながら固まるしきの姿だった。


「おまえ、何見て……」


 スマホの画面が見える位置まで近づくと、一枚の写真が目に入ってくる。


 そうだ。ここに来るまで俺は、ずっと写真を見ていた。

 さやが入院する前、桜の木の下で撮った最後のツーショット。


「なあ遠藤……。この人、誰?」


「……なんでそんなこと聞くんだよ」


 苛立った声を抑えきれない。


 さやは、おまえの恋人だった。

 どうせ何もかも忘れたままのくせに、どうして今さら……!


「いや、その……めちゃくちゃ綺麗な人だなって」



 しきの顔が、真っ赤に染まっている。




 ああ神様。




 どうか笑ってやってくれ。


 なんて馬鹿なやつらなんだと。



 親友なんて言いながら、俺たちは何も分かりあえていなかったんだから。





 なあ、彩……。




 色はまた、おまえに恋をしたよ。







 俺たちみんな、大馬鹿だな。


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