第42話

 怖い夢から覚めた時の様に、僕は目を見開いた。

 目の前にはジュラの顔がある。

 しかし、僕は情けなく悲鳴を上げ、ベッドの奥へと逃げる様に体を動かしてしまう。


 「狼狽えるな。

  其方は王ぞ?」


 ジュラがしゃべった事で少し落ち着いた。

 乱れる呼吸を整え、僕は押し出すようにして返事を返す。


 「ここは?」

 「私の部屋だよ。

  安心しな、あいつはあたしが追い払ってやったよ」


 ジュラがあの魔女を……?

 能力なら僕の方が高い……いや、そんな事はどうでもいい。

 とにかく助かったんだ。

 ジュラに感謝しないと。

 それに、いま無事でいる。

 それが幻覚ではない事の証拠だとも言える。


 「ジュラ、助けてくれてありがとう。

  あの場に居たかどうか分からないけど、マリルゥも無事なのかな?」


 ジュラは何も答えない。

 僕が「ジュラ?」と問いかけても反応が無い。

 まさか、まだ僕は幻覚の中にいるのか!?


 「もう嫌だ! やめてくれ!」


 僕は体をよじらせ、ただただ現実逃避をする。

 情けない、なんだ僕のこの姿は……。


 声が聞こえて来る。

 念仏の様にずっと同じ言葉を投げかけている。

 なんだ……よく分からない。

 けど、ジュラの声だ。


 「言葉を発するな、あたしを見ろ、目覚めたら瞬きをして返事をしろ」


 ジュラはその言葉を永遠と繰り返している。

 気が狂いそうだ、これが彼女の幻覚だとするのなら僕に何をみせたいんだ……。


 しばらくの間、僕はずっと頭を抱え、どうすればこの幻覚から逃れられるのかを考えていた。

 もう数時間は経っているだろう。

 ジュラは変わらず、ずっと「言葉を発するな、あたしを見ろ、目覚めたら瞬きをして返事をしろ」と念仏の様に唱えている。


 もう、どうなったっていい。

 もう終ってくれ。


 そう思い、僕はジュラに瞬きを返した。


 「起きたか。

  言葉は発するな、そのまま聞け。

  今のお前は魔女の呪いによって特定の言葉を言った瞬間、思考を停止させられる。

  憶測ではあるが、その間は覚醒しているのだと錯覚し、つじつまが合う様に記憶が補足して不可思議な体験をしているのだろう。

  今は現実、其方は幻覚の中にはいない。

  聞こえたのなら瞬きをしろ」


 僕はジュラの言葉に瞬きをして返した。


 「しばらく休んだんだし、魔法は使えるね?

  呪いの解き方を教える。

  聖属性の炎を纏い、己の中から呪いを焼き払え」


 僕はジュラに言われた通り、聖属性の炎に身を包み、呪いを焼き尽くせと願った。


 「よく堪えた。

  その状態から帰還した者は少ない」

 「ジュラ……」


 もう言葉が浮かび上がらない。

 ただひたすら声を張り上げて泣き叫んだ。

 ジュラは優しく僕の頭を撫でて「安心しろ」と教えてくれた。


 「教えて欲しい、僕に何があったのかを……マリルゥは無事なの?」

 「真面になったね。

  なら、あれを見ろ」


 ジュラの指さした先にはマリルゥが居た。

 無数の植物の蔓が巻き付き、うごめいている。

 よく見ると口や耳からもその蔓は伸びていて、一刻の余地も無い状況だった。


 「あれを焼き払えばいいんだね」

 「正解だ」


 僕は聖属性の炎でマリルゥを包み込む。

 マリルゥを傷つけず、魔女の魔法を解除しろと命じた。

 マリルゥに意識はなく、その場に横たわる。


 呼吸をしているし、このまま安静にしていれば無事だろう。

 僕はベッドから起き上がり、マリルゥを寝かせた。


 「王よ、マリルゥに感謝するんだね。

  最初に其方を見つけ、救援を求めたのは此方こなただ」

 「そうだったのか。

  それじゃあ、僕のみたマリルゥは本物だったのかな?」


 「さて、あたしはその場を見ていないからなんとも言えないね。

  だから、奴との対処法を教えておく。

  奴の幻術が決まればほぼ無敵の能力になる。

  だから、先手を取られない事が必勝法だけど、あしたの場合、夢幻を使えば幻術を解除出来る。

  それと同じで、聖属性の魔法であれば幻術を解除できるだろうさ」

 「そう言う事か。

  それじゃあ、僕は魔法を使って防御しないように魔力を消耗させられていたのか」


 「そうなのかもしれないねぇ。

  奴は気に入った獲物にはしつこく付け狙う習性がある。

  また姿を現すかもしれないし、気を付けておきな」

 「わかった。

  彼女の姿をみたら聖属性の炎で防御して、すぐに助けを求める事にするよ」


 「それがいいねぇ。

  でも、助けに来るのは夢幻の使える者と光の信徒だけだ。

  後で皆に対処法と合言葉でも決めとくといい。

  単純に〝魔女がでた〟と言えばいつでも駆けつけてやるさ」

 「シンプルで分かりやすい。

  対処法の無い人物の場合、かえって混乱を招きそうだしね」


 「ご名答。

  後は、ファーリーとミルアも大丈夫だね。

  精霊と妖精に幻術の効果は薄い」

 「それだけいれば戦力に問題はなさそうだね」


 僕と話がらも、ジュラはマリルゥの手当てをしてくれている。

 こんなにも安心できる事を幸せだと感じたのは初めてだ。

 そう思った時、突然僕の視界がひび割れた!?


 何が起こった?

 僕は自分に聖属性の炎を纏い、幻術を払う。


 そこには、マリルゥが二人いて、その一人の胸を左手で貫いた夢幻を使ったジュラの姿があった。

 

 「積年の恨みだ、狐につままれた気分はどうだ、幻想世界ファンタジア!」

 「はぁん! 夢見心地ぃ……今日はぁ、お祝いしなきゃ……フフフフ……」


 「まったく……最後まで何を考えているのか分からない女だよ。

  ≪メギドフレイム≫

  ちりになって消えちまいな」


 「ジュラ?

  何が起こったの?」

 「こいつは不可視の魔法も得意なんだ。

  そして、気配も絶ち、匂いもしない。

  あたしはずっとこいつの首を狙ってたんだよ」

 

 ジュラが語った王妃になる前の話し。

 常に戦場では最前線に立っていたジュラは王の命令でとある任務に就いた。

 簡単な任務だったはずが、思わぬ敵と交戦状態になる。


 それが気まぐれで現れたエレウテリア魔女ミリア、マリルゥの母親だった。

 本当は目的があったのかも知れない。

 けど、ジュラはただのきまぐれなのだと結論付けた。

 相手は意思疎通も出来ず、目的も分からない。


 ただ、半狂乱になった味方が襲って来ると言うおぞましい地獄。

 ジュラはその場にいる者全てを殺す事で生き延びた。

 味方のキャンプへと戻ったジュラは不思議な気配に気が付く。


 匂いのしない何かがいるのだと気が付いたが、感覚を研ぎ澄ましたジュラはあえてそれを無視した。

 何故なら、それは警戒して魔法で防御を固めていたから。


 隙あらば殺してやると身構えてはいたけど、その夜に仕掛けて来る事は無かった。

 次の日、またミリアが現れる。

 しかし、ある程度交戦した後、ミリアは姿を隠した。


 ジュラは半狂乱になった味方を連れて帰り、その日の夜を過ごした。

 その次の日からは変わった現象に見舞われた。

 仲間達が次々に動きを止めてはまた動き出す、話を聞くと幻術の世界なのかどうかの判別がついていない様子だった。


 ジュラは徹底的に解析した後、足手まといは不要と、自らの手で彼等を始末した。

 その後ミリアが現れる事が無かった。

 

 「我慢した甲斐があったよ。

  これで殺したあいつ等にも詫びる事が出来る」

 「血も涙もない相手にはミリアの魔法は分が悪い……か。

  ジュラは強いね」


 「こう見えてもねぇ、結構堪えたよ。

  弱みを見せたら終わりだからね、埋葬してやる事すらしなかった。

  奴に止めを刺せたのは、あの時と同じように忍び込んできて、其方に魔法を使ったからさ」

 「幻術を掛けられた事に全然気が付かなかったよ。

  だって、何も変わらない景色だったし……ジュラはどうやってそれに気が付いたの?」


 「忍び込んでいるのは分かっていた。

  居場所も何となくでしか分からない。

  けどね、殺した奴等がここを打てって教えてくれたんだよ。

  まあ、あたしの勘が鋭かっただけかもしれないけどねぇ」

 「そうなんだ……ジュラが止めを刺せなかったら恐ろしい事になっていたかもしれないね」


 なんて恐ろしい相手だったんだと、今更になって寒気がしてくる。

 一応対処法は身に付けたけど、幻術使いには絶対に油断しないようにと心掛けて置く。


 それにしても……あれがマリルゥの母親だとすると、マリルゥが一人でシルウの森にいた理由も分かる。

 ミリアとそっくりなマリルゥ……ミリアを知っていればマリルゥの顔を見ただけで殺しにかかってきても不思議では無い。

 事情は分からないからなんとも言えないけど、大変な目に合って生きて来た事は想像に難くない。


 その辺りの事情は聞かない方がいいんだけどうけど、一度話してみようとは思う。

 僕はマリルゥと向き合わなければならないんだから。


 

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