第41話

 マリルゥを探しているけど見つからない。

 いきそうな場所は大体見て周ったけど……後は森の方か。


 森の門番に聞いてみると、マリルゥはここを通っていない。

 まさか、国の外にいったんじゃないだろうな……。

 マリルゥにはタクシーもあるし、遠くへ行くつもりで外に出ているのなら追いつけるわけがない。


 いや、国の外に出ているのかもしれないけど、きっとマリルゥは遠く離れた場所までは行っていないと思う。

 なんとなくだけど、マリルゥは僕に見つけて欲しいって思っているんじゃないかなって僕は思う。


 僕は国を離れ、草原地帯を真っ直ぐ進む。

 マスコットの探知能力も使って、マリルゥを探していると、マスコットの探知に一人引っかかた。


 僕はその人物の方に向かい走り出す。

 草原の中に、一つだけポツンと立っている木があった。

 その木陰に座り込む一人のエルフの姿が僕の目に映る。


 そのエルフに近づき、僕は声を掛けた。


 「マリルゥ、見つけたよ」


 僕の声に反応し、振り返った彼女の顔は満面の笑みを浮かべ、こう言い放った。


 「あぁん! 君、すっごいタイプぅー!

  お姉さん、君の事食べたいな!

  あっ、こんな事言ったら……思春期の男の子だしぃ、勘違いしちゃうね。

  食べたいって比喩的な意味じゃなくってぇ……ね?」


 誰だ……これ……。

 語尾にハートが着きそうな甘ったるい話し方をしているし、マリルゥな訳が無い。

 マリルゥに顔も声もそっくりだけど絶対に別人だ。

 ジュラがマリルゥを見た時に言っていた人物かもしれない。

 そうなると、マリルゥの母親……つまり、エレウテリアの魔女の一人。

 それに今、比喩的な意味じゃなく、僕を食べたいって言ったか?

 それってつまり……僕の事を捕食対象として見ているのか?


 背筋が一瞬ゾクっとした。

 ジュラは話が通じないと言っていたし、身を守る為にも僕は臨戦態勢に入った。

 どうするべきか?

 とりあえず、戦闘になる様なら身動きを封じて捕らえるしかないか。


 「やだぁ、警戒してるのぉ?

  お姉さん酷い事しないよ?

  安心して、こっち、ホラ、おいで」


 手を叩いて僕を呼び寄せてくる。

 子犬や赤ちゃんに声を掛ける様な猫なで声で……。

 

 「そっちへは行かない。

  何故君はここにいる?

  目的はなに?」

 「あぁん、やだ。

  可愛いぃー!

  お姉さんはね、誰かを幸せにする為にここに来たの。

  その誰かって言うのはねぇ……あ、な、た!」


 会話を続けるのは無意味かな……でも、一応質問には答えてくれるみたいだな。

 返事が明らかに適当だけど。

 もう少し試してみてもいいかもしれない。


 「僕は警戒を解く気はない。

  だって君はエレウテリアの魔女だよね?」

 「えーやだぁー。

  お姉さんいつの間にか君に見られてたのぉ?

  恥ずかしいぃー。

  でもぉ、お姉さん、ちゃんと君の事、受け止めてあげるよっ! フフ」


 彼女は顔を両手で覆い隠し、全身左右に振って照れているみたいな反応をしている。


 ジュラの言っていたエレウテリアは全員危険思想の狂人ってこういう事なのか?

 僕はてっきり、番人の使徒と敵対しているし、テロリストみたいなイメージを持っていたけど……。


 それにしても、確信な事を言ったつもりなんだけどな……。

 それでもこんな感じの反応をするのならこれ以上の対話は無意味だ。

 僕は彼女に向けて剣を振る。


 しかし彼女は全く躱す素振りを見せなかった。

 僕は思わず剣をすんでの所で止めてしまう。

 

 「うんうん、こっちおいでー」


 彼女はそっと僕に優しく触れる。

 敵意なんて全く感じない。

 それがあまりにも不気味で直感的に危険だと察知した僕は、大きく後ろに飛びのいた。


 その直後、僕の足元から無数の茨の蔓が伸びて来て、僕の体を縛り上げる。

 これが彼女の魔法か。

 力は強いけど、今の僕を拘束するには不十分だ。

 聖属性の炎で茨を焼き尽くす。

 

 攻撃をしてきてくれたお陰で、むしろ気は楽になった。

 これで躊躇わずに攻撃が出来る。


 僕は一気に距離を詰め「ん-?」と首を傾げる彼女の太腿ふとももに足に剣を突き立てた。

 剣を引くと彼女の太腿ふとももから血が噴き出す。

 しかし、悲鳴一つ漏らさず、彼女は僕に向けて手を伸ばした。


 ≪ミディオクラクレピトゥス≫


 僕の周囲に無数の魔法陣が現れる。

 即座にその場から離れても、魔法陣は僕の周囲を離れない。

 そして、彼女の魔法が作動する。


 幾重にも及ぶ爆発が巻き起こった!

 最初の三発は真面に貰ってしまったけど、魔法使って防御する事が出来た!

 次の魔法を使われる前に、攻撃を仕掛けたい。


 しかし、すでに彼女は次の魔法を発動している。

 彼女の伸ばした手の先にある魔法陣から巨大な炎が僕に向かって襲って来る。

 逃げ場がない。

 それなら、迎え撃つまでだ。

 僕も聖属性の魔法の炎を作り、彼女の炎に向けて解き放った。

 

 炎と炎がぶつかり、押し合いになる。

 よし、僕の方が少しだけど押し勝っている。

 このまま押しきれば勝てる!


 かなりの魔力を消耗してしまうけど、このペースだとギリギリ持ちこたえれそうだ。

 もしも彼女が回避を選んだら、即座に斬り掛かる!


 それにしても、流石は魔女。

 凄い魔力の量だ。

 聖属性じゃなかったら押し負けていたのは僕の方だっただろう。

 徐々に僕の魔法が彼女の方へと近づく。


 「あぁん、そんな風にされたら私ぃ、興奮しちゃう!

  だからぁ、もう一つ作ってあげるね」


 彼女はもう一つ巨大な魔法陣を出し、炎の魔法が放たれた。

 そんな馬鹿な……。

 魔力の量が違い過ぎる。


 もう魔力はそれ程残っていない。

 僕は炎の魔法をギリギリで躱した。


 「あらーん? 押し合いっこ辞めちゃうの?

  それじゃあ、次はぁ、これなんてどう?

  いっぱい楽しんでね!」


 また新たな魔法陣……それも、一つや二つでは無い。

 見渡す限りの景色全てが魔法陣に包まれた。

 しかも、魔法陣の色や形が様々で、どこからどんな攻撃が来るのか分からない。


 魔法陣から彼女の魔法が作動し始める。

 巨大な岩、炎、高圧縮された水、足に絡み付こうとする植物の蔓や根、尖った氷の雨とか爆発とか……。


 僕はなんとかギリギリの所で躱し続けている。

 いや、そうさせられてると言った方がいい。

 馬鹿にしやがって……。


 僕は躱すのを止め、被弾覚悟で彼女の方へ突進する。

 やられる前にやる。

 もう、それしか僕に残された道はない!


 直感的に致命傷となる攻撃のみを聖属性の魔法で防ぎ、剣の届く距離に入った。

 手を伸ばし、彼女の胸を僕の剣で貫いた。


 これは……幻覚……?

 僕が貫いたはずの彼女の姿は、いつの間にかテレサの姿へと変貌していた。

 テレサがここに居る訳がないと僕は理解している。

 動揺させるつもりだったのか? 悪趣味な奴だ。

 

 怒りが込み上げて来て、僕は酷く冷静になった。

 僕は彼女を見た時からずっと、冷静さを欠いて戦っていた。

 僕を怒らせたのは逆効果だったと言う事を想い知らせてやる。


 あんなありえない量の魔法を使いこなせるわけがない。

 恐らく全部幻覚だ。

 僕がギリギリ躱せていたのは攻撃があたると矛盾が生じてしまうから当てられなかったのかもしれない。


 マスコットの探知能力を使い、彼女の居場所を特定する。

 不自然な大きな岩。

 彼女はそれに化けていたんだ。


 僕は怒りに任せ、全ての魔力を使い身体能力を向上させる。

 そして、一気に駆け抜け、大きな岩を斬った。


 その瞬間、彼女の断末魔の悲鳴が聞こえる。

 振り返ると、半分になった上半身の方はまだ動いている。


 「まだ生きているのか。

  でも、これで止めだ」


 彼女の胸に剣を刺した。

 これで、終わるはずだった……。


 「あぁん、すっごい深くまで刺さってるぅ!

  私の大事な所に君のが入ってるよぅ、フフフ」


 くそっ……。

 一瞬恐怖で身体が強張った。

 動揺しては駄目だ、こんな調子なら本体は無事なんだろう。


 これも幻覚か?

 僕は集中して辺りに意識を向ける。

 マスコットの探知能力でも幻覚を看破出来なかった。

 それなら一時的に撤退する、もしくは手あたり次第怪しい場所に向けて剣を振るしかない。


 その時、僕の視界に妙なものが映った。

 あれは……マリルゥのタクシー!

 それは、ものすごいスピードで僕の方まで近づいてきて停車する。

 そして、車の中から本物のマリルゥが下りて来た。


 「君に伝えたい事があるんだ。

  けど、今は交戦中、力を貸してくれないか?」

 「見ればわかるわよ。

  ≪マグナオベックス≫

  結界を張った、あいつの魔法はここへは届かない」 


 「ありがとう、魔力を使い果たしてしまったけど、剣で攻撃する事なら出来る。

  僕はどう動けばいい?」

 「あいつはね、幻術のスペシャリスト。

  剣で戦うのは不向きな相手よ。

  それに、使おうと思えばありとあらゆる魔法は使えるの。

  簡単にはいかないけど、私が隙を作ってみせる。

  あと、あいつは私の得意としている雷の魔法は使えないの。

  もし、見分けがつかなくなったらそれで私だと判断して」


 「わかった」


 マリルゥが結界から飛び出し、広範囲にわたって雷の魔法を放つと、彼女が姿を現した。


 マリルゥは彼女を逃すまいと、必死に追いかけ魔法を放ち続ける。

 魔女はその魔法を防ぐために魔法を使って防いでいる。

 今がチャンスだ!


 僕は封印の外へ飛び出し、視覚外から彼女へと走っていく。

 僕に気が付いたみたいだけど、彼女はマリルゥの魔法を防ぐので手一杯だ。


 「今よコゼット! やりなさい!」


 マリルゥが魔法を更に強め、彼女は一時的な回避すら出来ない。

 三度目の正直だ!

 僕は三度彼女に剣を突き立てた。


 その瞬間、僕の全身を雷の魔法が打ち抜く。

 これは……カウンター魔法。

 攻撃をしてきた相手に自動的に反撃する雷の魔法……。


 剣を刺した彼女が振り返る。


 「やられたわ……結界から出た瞬間に幻術を掛けられていたのよ。

  私達の負けよ」


 僕が突き刺した相手はその場にぐったりと跪いた。

 息はまだある……けど、時間の問題だ。

 僕がマリルゥを刺してしまった……だと?


 そんな馬鹿な!?

 僕はもう冷静ではいられない!

 勝機はゼロだ!


 僕はマリルゥを抱き上げ、必死になって城の方へと走った!

 逃げ切れる可能性も薄い、それでももうこうするしか……。


 「コゼット……」

 「しゃべっちゃ駄目だ。

  逃げ切ってみせる。

  だから、ちゃんと傷口を塞いでいて」


 「うん……でもね。

  おねーさん、もう我慢できないのぉ!

  一口だけ」


 抱いていたはずのマリルゥが僕の首に噛みついて来た。

 僕は情けない叫び声をあげて、彼女を振り落とす。


 もう駄目だ。

 もう何がなんだかわからない。

 彼女が魔法を放つ。

 パニックになった僕はわけもわからず、その魔法を真面に受けた。

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