第40話

 自室に戻ってマリルゥとの経緯いきさつを事細かに説明するとアサギはハアーっと大きなため息をついた。


 「薄々は気付いていましたけど、コゼットさんって凄く鈍感ですね」

 「仕方ないじゃないか。

  僕はまだ13歳だよ?」


 「背が低いとは思っていましたけど、私より年下だったんですね。

  言っときますけど、私もコゼットさんの事好きなんですからね。

  恋愛感情的に」

 「ええ……」


 僕は困惑して言葉が出せなかった。

 そんな僕の姿を見てアサギはまた大きなため息を零す。


 「ちなみに、セシリアさんも少なからずコゼットさんの事を想ってくれているはずですよ。

  後はイブローニュさんですね」

 「なんかよく分からなくなって来たんだけど、それって本当に恋愛感情なの?」


 「まあ、イブローニュさんの事は気にしないで起きましょう」

 「難しいなぁ……。

  そういえば、アイリスは気になってる人がいるっぽかったけど、それも僕だったりするの?

  最近よくすれ違うし、仕事中もよくここに来たりしてるよね?」


 「アイリスさんの好きな相手は……コゼットさんではないです」

 「じゃあ、消去法的にスレイブ?」


 「いいえ、私ですよ。

  アイリスさんは私に興味津々です。

  まあ、まだ精神的に幼い所もあるので、気になっていると言う程度ですが」

 「それって大丈夫なの?

  僕のクラン、ドロドロになったりしない?」


 「今の所は大丈夫ですけど、マリルゥさんの事だけはどうにかした方がいいでしょうね。

  彼女を〝捨てる〟気であればはっきりと別れを告げて縁を切ってしまうのが彼女の為ですよ」

 「そんなつもり、あるわけないじゃないか」


 「でも、マリルゥさんとは恋人としては付き合うつもりは無いんですよね?」

 「それは分からないよ。

  せめて成人してから決めさせて欲しい」


 「マリルゥさんにちゃんと気持ちを込めて伝えてよと言われたんですよね?

  私もそうした方がいいと思いますよ」

 「僕はちゃんとマリルゥの事を考えて、精一杯の答えは出したつもりだけど……」


 「本当にそうですか?

  コゼットさんって自分自身はこうあるべきだと決めて行動している節があるみたいです。

  それは、テレサさんも言っていた事ですし、私からみてもそう見えます。

  本当にマリルゥさんと向き合って答えを出せましたか?

  本当に自分自身と向き合って、コゼットさんの答えを導き出せましたか?」

 「そのつもりだけど……」


 自分自身と向き合う?

 僕はマリルゥとどうなりたいんだ?

 考えて……なかったのかな?

 分らない、難しい。

 結局何が答えなんだ……。


 「マリルゥさんの事嫌いですか?」

 「最初は苦手だと思ったけど、今はそんな事ないよ」


 「じゃあ、好きですか?」

 「それって恋愛の好きかって事?」


 「いいえ、ただ漠然とマリルゥさんが好きかどうかです」

 「それなら、好きだよ」


 「じゃあ、私の事は好きですか?」

 「ええ? 好きだけど……なんでニヤけてるの」


 「失礼しました。

  それでは、アイドルの誰かと付き合った時、恋愛感情を抱けますか?」

 「そりゃあ、付き合ったのなら恋愛感情を抱くよ」


 「その答えは誤りです。

  それはコゼットさんが付き合ったのなら恋愛感情を抱かなければならないと錯覚してるだけなんですよ」

 「錯覚……?」


 「そうです。

  真剣に考えて下さい。

  恋人と聞いて、誰の顔が一番に思い浮かびますか?」


 アサギに聞かれて僕は真剣に考えた。

 最初に浮かんだのは……。


 「テレサだ……」


 テレサに恋愛感情を抱いていた。

 そう思うと途端に頭を掻きむしりたくなる。

 狂ってしまいそうだ……自分と向き合うってこんなにも苦しい事なのか。


 汗が止まらない、呼吸が乱れる。

 涙が頬を伝う。

 苦しい……落ち着かないと。

 アサギにも心配を掛けてしまう。


 気が付くと僕はアサギに抱きかかえられていた。

 

 「しっかりしている様で、コゼットさんはまだ子供です。

  私は実は性格が良く無いので、コゼットさんの心の隙間に付け入り、私に恋愛感情を向けて貰おうと思ってます。

  いいんですか?」

 「アサギが何を言ってるのか分からない。

  僕はどうしたらいいんだ……」


 「テレサさんの死に、本当に向き合いましたか?

  今のコゼットの姿を見ればテレサさんは何ていいますかね?」


 テレサが僕を見たら……。

 わからないけど、テレサにマリルゥの事とかアサギの事を相談したら「こんな可愛い子を見逃すなんて勿体ない」とか言いそうだ。


 けど、それはどこまでも僕の想像でしかないし、結局答えは分からない。

 胸が張り裂けそうだ。

 これ以上テレサの事は考えたくない……アサギはなんでこんな事を言うんだ。


 「わからないよ。

  けど、テレサは僕をずっと甘やかしてくれていたから、付き合えって軽い感じで言うんじゃないかな?」

 「テレサさんの事をもっと知っておきたいって思いませんでしたか?」

  

 テレサの事をもっと知りたい?

 確かにそうだ。

 テレサの事をもっと知っておけば僕は自分の恋愛感情にも気づけたのかもしれない。

 

 テレサとの別れ。

 悲しい振りをしていたわけでは無い。

 けど、僕は……きっと仮面を被っていた。

 本当に悲しかったから向き合えなかった。

 それっていけない事なのか?

 わからないけど、誠実では無かったんだと思う。

 きっとマリルゥにもそれは伝わっていて、同じように誠実では無かった。


 「アサギ、気付かせてくれてありがとう。

  マリルゥに会いに行って来るよ」

 「お気づきになられたみたいですね。

  わかりました。

  私への告白はマリルゥさんの次でいいですので、待ってますよ」


 僕はアサギに苦笑いを浮かべた。

 意地悪な事を言わないで欲しいけど、アサギの気持ちにもちゃんと向き合うべきだと思った。

 今はマリルゥが優先。


 僕は自室を出て、マリルゥを探しに向かった。

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