第38話

 「旦那様……」


 部屋で仕事に没頭していると、突然神妙な面持ちで使用人のリーダーであるスレイブが話しかけて来た。

 何事かと思ったけど、とりあえず「どうしたの?」と聞き返し、話を聞いてみる事にした。


 「旦那様は国王陛下であられます。

  お世継ぎをお作りする御予定はあられますか?」


 思わず僕は口に含んでいた紅茶を噴き出してしまった。

 僕の隣で仕事をするアサギも驚いた表情を見せている。


 「僕はこの見た目通り、まだ子供を作るには早いと思うんだけど」

 「ええと、実年齢はそうでは御座いませんよね?」


 そう言えば、身近な人間以外には今の姿は光の使徒であるイブローニュから宝剣を授かって奇跡の力で若返ったと偽ってるし、この世界に来た姿が本来の姿だと説明していたな。

 混乱を避ける為だったとは言え、その説明が仇となってしまった。


 それならいっその事、使用人達にもこの姿が本来の姿だと説明した方がいいかな?

 いや、それが部外者に漏れて混乱を招く恐れもあるし、そうなると面倒だ。


 「僕はまだ結婚をするつもりはないよ」

 「しかし旦那様。

  一国の王が未だ婚約すらしていないとなると、色々と問題が生じます。

  せめて、婚約者だけでも作っては貰えませんか?」

 「世継ぎが大事なのは分かるけど、どうしても今、作らないと駄目なのかな?」

 

 「駄目とは言いませんが、早いに越した事はございません。

  お世継ぎが決まれば、旦那様の血筋が続くのだと大いに民達を安心させる事が出来ます。

 お世継ぎの居ない現状、この国に次世代があるのかと、疑問の声がわずかながら広まっております。

 そうなれば、他国に移る者も少なからず現れるでしょう。

  ですので、お世継ぎを残す意思だけでも民の前で見せて頂く必要がございます」


 そんな事がおこるのか……。

 学校でそれなりに歴史は学んだけど、世継ぎを残すって自分の家系だけの事じゃなかったんだ。

 それなら偽りでも……と思ったけど、僕が妻として迎え入れると王妃になってしまうのか。


 それに、いつまでも子供が出来ないとなると王妃にヘイトが集中してストレスも貯まるだろうし、どうしたものか。


 「アサギ」

 「ハイ!」


 びっくりしたな。

 アサギが珍しく大きな声で返事したから少し驚いてしまった。


 「僕は子供をまだ作るつもりはないけど、スレイブの言う事も尤もだと思う。

  それで、何かいい案とかはないかな?」

 「そうですねぇ……それなら、ファーリーさんがいますし、いっその事王子を募ってみてはどうですか?」


 「却下だ。

  ファーリーはまだ生まれて間もないんだ。

  まだ早い」

 「確かにそうですよね。

  それなら、私とかどうですか?

  お世継ぎは産めませんが、とりあえずのアピールにはなりますよ?」


 「それは駄目だ。

  断る理由が三つある。

  一つは僕は契約したアイドルと恋愛関係になるつもりはない。

  二つ、僕が国王である以上、その目的は後継者となる世継ぎが求められる。

  アサギは男の子だし、それが知れ渡ったら国民を裏切った事になってしまう。

  三つ、自分の事で精一杯だから恋心を抱く余裕なんてない」

 「それだと、話が進まないじゃないですか。

  でも、少しだけ嬉しいです。

  ちゃんと付き合えば私にも恋心を抱いてくれるって事ですよね?

  政治的にお世継ぎを作るだけなら恋愛感情は不要ですから」


 「え? そうなるのか?」

 「違うんですか?」


 話が反れてしまったな。

 僕はゴホンと咳払いをして、元の話しに切り替える。


 「所属するアイドル以外となると、お見合いとかになるのかな?」

 「そうですね、後は社交界などを開いてお知り合いになった方などにアプローチを掛けるとかですね。

  ファーブルは今や話題の新しい国家と言う事もありますし、社交界を開けばぞくぞくとそう言った目的のお嬢様なんかが集まりますよ」


 社交界を開くのはいいかもしれないな。

 近隣諸国の王には書状でのやり取りしかしていないし、来てもらえるのならこちらでお持て成しをすると言う形であれば失礼にもならないだろう。


 「それじゃあ社交界を開く準備と、お膳立てを頼めるかな?

  近隣諸国の王様も呼んでみたい所だし、相応の理由なんかもあれば完璧なんだけど」

 「大丈夫ですよ。

  一月で用意してみせますので、楽しみにしていてください。

  ああ、後、この話はなるべく早くマリルゥさんに伝えて下さい。

  後になると何をするか分からないので」


 「なんでマリルゥが出て来るんだ?

  後で何をするか分からないってどういう事?」

 「ええ……?

  まあ、伝えれば分かると思いますよ」


 アサギが僕に対して信じられないとでも言いたそうなジトッとした目で見つめて来る。

 何の事か分からないけど、早い方がいいならいっその事、今から伝えに行ってみるか。


 僕はアサギに「それじゃあ、今から伝えてくるよ」と言って部屋を出た。

 マリルゥは何処にいるのか。

 適当にブラブラと歩いているとアイリスとベラルーシに出くわした。

 ついでに二人にも社交界の話しをしておこう。


 「プロデューサー結婚するのか!?」

 「あくまで形だけは取りたいって話だから結婚に至るかはまだ未定だよ。

  良い人が居れば婚約するつもりではいるよ。

  国民の為にね。

  アイリスは好きな人とかいないのか?」


 「ん-!」


 なんだこの反応……。

 照れているのか耳をペタンと寝かせて頭を抱えて首をフリフリしている。

 アイリスも年頃の女の子だな。

 気になっている相手がいるのだと顔に書いてある。

 そう考えるとアイリスより少し年上だし、僕も恋愛くらいはしていてもいい年頃なのか。


 僕はアイリスの頭をヨシヨシと撫でて上げた。


 「ベラルーシは恋愛ってどうなの?

  恋愛経験とかないわけじゃないでしょ?」

 「あたしが言うのもなんだけどさ、そう言う話しは極力二人だけの時にした方がいいよ。

  まーあたしは気にしないけどね。

  師匠とか繊細な年頃だし、そんな事他の人の前で言うと嫌われるよ」


 アイリスはまた「んー!」と言ってベラルーシを睨みつけていた。


 「ごめんね。

  僕まだ恋愛経験って……」


 急に僕の頬を涙が伝った。

 なんでテレサの顔を思い浮かべたんだろう。

 急に悲しい気分になった。

 ベラルーシとアイリスの表情が曇る。

 心配させてしまった。


 すぐに気持ちを切り替え、素直に謝り、涙を拭ってその場を去った。

 少し王としての自覚が足りないな。

 悲しい気持ちを押し込めて、僕は心の自分に王様をした鉄の仮面を被った。 


 また適当にブラブラと歩いていると、ファーリーとミルアが一緒に庭で遊んでいた。

 邪魔しちゃ悪いと思って去ろうとしたけど、見つかって「パパー」と言って呼び止められてしまった。

 勢いよく飛びついて来たファーリーを受け止める。


 僕よりファーリーの方が若干背が高いので、なんとも言えない虚しい気持ちになるな。

 パパとしては抱っこしてたかいたかいをしてやりたい気分なのに。


 「パパー、ファーリーはね、ミルアと一緒に遊んでたんだよ!」

 「ミルアもファーリーと遊んでたの!」

 「どんな遊びをしていたの?」


 「ミルアがお花を咲かせたの!」

 「ファーリーはそのお花で綺麗な鉢植えを作ってたんだよ!」


 ファーリー達が遊んでいた場所を見ると、確かに色とりどりの花が綺麗に鉢植えに植えられている。

 僕は「天才だな」と言って二人の頭を撫でると、二人共嬉しそうにはしゃいでいる。


 流石にこの二人に恋愛がどうのこうのと伝える気にもなれないし、今度パーティーを開くとだけ伝えて、またブラブラと別の方へと向かった。


 城の広場の方へ行くと、誰かがステージ召喚を使ってスタジオを召喚している。

 きっと中で練習しているのだろう。

 外に音が全く漏れていないし、誰が何いるのか分からないけど、消去法的にセシリアとレナかな。

 アサギのグループの他に、もう一つのグループを作っている。


 そのグループのリーダーはセシリアでメンバーはアサギのグループ以外のアイドル全員。

 アイリスとベラルーシには合っているし、マリルゥもこの中にいるかもしれないな。


 ドアを開いて中に入ると、予想通り、セシリア、レナ、マリルゥが練習していた。


 三人に僕が婚約者を募る為、社交会を開くと告げる。


 レナは特に関心も無い様子だったけど、セシリア「ええっ!」と驚きの声をあげた。

 

 「ええっと、丁度休憩に入る所ですし、レナと一緒に部屋に戻りますね」

 「ん? ああ、わかった」


 そう言ってセシリアはレナを連れてそそくさとこの場から離れて行ってしまった。

 なんだか妙な気分だな。

 まあ、マリルゥと二人になれたし、恋愛相談でもしてみるか。

 

 「失礼な事を聞くかもしれないけど、マリルゥは族長の娘って言ってたし、やっぱり婚約者とかって居たりするのかな?」


 そう質問した直後に僕は何故かパァン! と思い切り頬を打たれた。

 

 思わず「なんで?」と口に出てしまうと、マリルゥは「察してよ!」と返して来た。

 訳が分からないけど、とりあえずマリルゥの話しを聞いてみる事にした。

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