第16話
今日はアサギのステージだ。
といっても、宰相として国民に挨拶するだけで、特別何かをするというわけではない。
国民が集まる中、僕とアサギでステージを召喚する。
召喚したのは小さな舞台で過度な演出などは無く、真ん中に演台があるだけの簡素なものだ。
アサギが演台に立ち、挨拶すると思いのほか声が大きかったらしく、声を出したアサギ本人が驚いて「声大きい!」と漏らしたのが集まった国民に聞かれてちょっとした笑いが渦巻いた。
「あーあー、本日は皆さまお集り頂き有難うございます」
アサギの演説が始まると、みんなが注目して、シーンと静まる。
アサギは宰相に至るまでの
そして、アサギ自身が明日どうなるのか分からない日々を過ごした過去がある為、国民達が安心して過ごせるような国作りに着手していきたいと宣言した。
悪くない演説だ。
だけど……僕の与えた魅了能力のせいか、国民達の様々な感情の声が漏れ始めていた。
そして、一人の国民が「アサギちゃんを守るぞ!」と声高らかに宣言すると、一斉に同調した国民達からも「俺も守るぞ!」と言う声が聞こえ、アサギコールが始まってしまった。
魅了能力には催眠や洗脳効果はないはずなんだけど、敗戦者である元ジール獣王民達にはアサギの言葉が刺さったんだろうか?
アサギの演説も終わり、国民達も落ち着きを取り戻すと、再びアサギがアコースティックギターの様な弦楽器を持ってステージに上がる。
こんな話は聞いていないが、折角なのでアサギの好きなようにやらせてあげよう。
ステージの周囲を暗くして、スポットライトでアサギを照らす。
アサギが楽器を鳴らして、昭和時代のフォークソングの様な曲を歌い始めた。
意識を共有できるはずだけど、アサギがやろうとしている曲のイメージが流れて来ないので即興で演奏しているみたいだ。
一曲、二曲と続くけど、全部暗く、悲しいイメージの曲で、アサギ自身の自虐ネタが多い。
三曲目の【父親が処刑された日】は、まだ物心のついていない時期のアサギの感情を綴った歌詞で、悪い大人が父親を苛めている様に映った無垢なアサギの心の声に、国民のすすり泣く声が聞こえてきた。
大悪党でも子供にとっては唯一無二の親と兄弟……。
アサギはそんな親や兄の事を愛していたんだな。
考えさせられる内容だった。
僕が親に向けていた感情はもっと冷たいものだったから。
気が付くと周りがざわついている……。
どうしたんだ?
ステージを見るとアサギが倒れていた!
僕はすぐアサギに駆け寄り、ステージで解散を告げてから召喚を解除する。
アサギを抱きかかえて、お城に戻り、アサギをベッドの上に寝かせた。
しばらく様子を見ていると、アサギが目を覚ました。
「コゼットさん……」
アサギが僕の名前を呼び、抱き着いてくる。
一体どうしたんだろう?
僕はアサギの頭を撫で、子供をあやす様に「どうしたの?」と聞いてみた。
「コゼットさんの歌も唄いたい……そう思った時、見えてしまったんです。
真っ暗で、何も見えないコゼットさんの過去が……」
ああ、あの時、僕が昔の事を一瞬考えてしまったから、それを意識の共有で見てしまったのか。
それって倒れる程のショックを受けるものなのだろうか?
僕自身は何も感じていないし、それを見たからと言ってショックを受ける様な内容でも無いような気もするんだけど……。
「ん-。
アサギは……どう思った?」
「私は、コゼットさんを救いたいって思いました」
「なら、大丈夫。
今の僕はとても幸せで、充実感に満たされているから。
本当だよ」
「そうなんですね。
でも、あんなの、人の感情じゃありませんでした」
「そうかもしれないね。
僕だって人として生きていたとは思っていなかったから」
「コゼットさんの生まれそだった国では皆そうだったんですか?」
そうか、テレサ以外に僕が異世界から来たって知っているのは、キシン族とジャマルだけだったな。
アサギにはあれが異国の姿に映ったわけか。
「色々な人が居たから、皆そうだったわけじゃないよ。
僕がそういう人間だったってだけ。
今はそんな事はないし、安心して」
「わかりました」
思わぬアクシデントが起こってしまったけど、アサギのステージ自体は成功したと思う。
そして、ここからが本番だ。
ジャマルが周辺国家に、ファーブルを国と認める様に動いてくれているはずだけど、僕の方からも挨拶をして回る必要がある。
アサギが宰相だと紹介すればきっと他国の王達はファーブルを笑うだろう。
最初は笑わせておけばいい。
いずれこのファーブルが力のある国だと言う事を認めざるを得ない日が来る。
そこまではいいけど、この地は資源も豊富だし、いずれ略奪の対象に選ばれる。
そうなれば戦争になり兼ねないけど、ジャマルがある程度抑止してくれるだろうし、今のうちに戦力を増強させておきたい気持ちもある。
争いが起きなければ、それに越したことはないけど……。
けど、避けられそうにない争いがすぐそばまで来ている。
元々この辺りに住んでいた妖精や精霊達だ。
聞いた話では、ジャマルが開拓作業を進めている間に、何度か襲撃を受けたそうだし、穏便にはいかないかもしれない。
だから、一度彼等に会って話してみるつもりだ。
いつ襲撃をされるか分からない今の状態が続くのはよくない。
アサギも落ち着いたみたいだし、今から会いに行こうと思う。
王様である僕一人で行くのは危険だし、後二人くらいは一緒に連れて行きたいな。
探知能力と戦闘能力の高いテレサは必須として、後は……好戦的でないセシリアを連れて行こう。
セシリアなら防御能力も高いし、いざと言う時にも心強い。
アイリスはお留守番だと伝えると頬っぺたを膨らまして怒っていたので仕方なく連れてきた。
そして、三人で山にある森の奥を目指し出発する。
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