第3話

 第三階層。

 ここも第二階層と同じで、遺跡の様な所か。


 でも、少し雰囲気が違う……ちょっと寒い。

 確か、この階層のモンスターはエルダースケルトンとリッチー。

 アンデッドモンスター達が徘徊するのなら、遺跡と言うよりは地下墳墓と表現した方が正しい。


 「テレサ、今日は何処まで進む予定?」

 「そろそろいい時間だし、ここで軽くドロップ品を稼いで引き上げよう。

  第四階層じゃ、モンスターも狩れないしね」


 「モンスターを狩れない?

  どんな所なの?」

 「第四階層は森になっていて、湖もある。

  そこへダンジョン専門のクラン、土竜どりゅうが森を切り開いてコロニーにしているんだ。

  コロニーは他の冒険者達にも利用させる変わりに、第四階層でのドロップ品は全て土竜どりゅうの物になる」


 「ああ、そう言う事。

  安全な場所の確保は他の冒険者にとっても都合が良いって事だよね?

  お店とかもあるの?」

 「沢山あったよ。

  私の現役時代でも、そこそこの物を揃えていたから、その頃よりもずっと良くなってるはず。

  宿もあるし、酒場もあるよ」


 「冒険者の作ったコロニーか、少し見ていきたいな」

 「それなら少し寄り道してから帰ろう」


 テレサは少しペースを速め、モンスター達を倒しながら第三階層を進む。

 第二階層と違い、出て来るモンスターは骨ばかりなので、血や内臓が飛び散ったりしない分、精神的には第二階層より楽だ。

 モンスターは強くなっているんだろうけど、テレサの相手にはならないので、あまり差を感じない。


 リッチーは離れた場所から魔法で攻撃してくるけど、テレサはその魔法を、剣で斬ったり叩き落している……。

 どういう原理?


 「テレサ? なんで魔法を斬ったり叩き落したり出来るの?

  それがテレサの魔法?」

 「ん? 魔法は剣に同等かそれ以上の魔力を込めれば物理的な対応が可能だ。

  ファイヤーボールなんかも炎ではなく、魔力の塊を魔力を使って迎撃していると考えればいい。

  私の魔法が見たい?」


 勿論興味があるので、頷いて返事をすると、テレサが「ホラ」と言って指先に花を咲かせた。

 

 「綺麗な花だね。

  美しくていい魔法だと思うよ」

 「そうでしょ?

  私も自分の魔法が好きなの。

  それに、綺麗なだけじゃない。

  花の性質を変える事で攻撃にも治癒にも使える」


 性質を変化させて治癒が出来るなら、拘束だったり爆発だったりも起こせそうだ。

 となると、かなり万能で便利な魔法になる。

 魔法能力が他と比較して高いのは伊達では無いと言う事か。

 今の所テレサが魔法を使っていないのは、相手が弱くて使うまでもないから。

 それに、それだけのポテンシャルを持った魔法なら、消耗も激しい可能性もありそうだ。


 「凄いね。

  その能力があるなら物乞いなんてしなくても良かったんじゃない?」

 「生命をかたどった魔法は消耗が激しいんだ。

  見世物には出来ない。

  それに、魔法で作った花は宿した魔力が尽きると消える。

  売り物にもならないよ」


 売り物にも見世物にもならないなら、お金を稼ぐ手段としては使えそうにないか……。

 でも、治療が出来るならそれで稼げるのでは?

 

 「治療が出来るならそれで稼げるんじゃないの?」

 「治療でお金は取れないし、勝手に無関係な人を治療する事も法で禁じられているんだよ」


 「ああ、治療を扱う組織みたいなのがあって、個人での治療は法で禁止されているって感じかな?」

 「そうそう、聖都ハルモニアを拠点に活動しているオーダー教会が、有償で治療を行っているの。

  この街にも教会はあるんだけどね  

  一応、冒険者を引退してからは教会で仕事を引き受けて、少しは稼がせて貰ったよ。

  でもね、私には合わなかったんだ。

  だからすぐに辞めた」


 なんとなく想像は出来る。

 きっと貧困層の人達は教会に支払えるだけの稼ぎは無い。

 教会に所属している以上は、お金を貰わないと他人を治療は出来ないし、テレサにはそれが耐え難い事だったんだろうと予測する。

 まあ、市民を見殺しにするわけにもいかないから、無償で治療を行う分には教会も甘くみてると言った感じかな。


 「そうか、ついでに質問なんだけど……なんでテレサは物乞いなんてしていたの?

  テレサは美人だし、実力もあったわけだよね?

  それなら……結婚も出来ただろうし、貯蓄も沢山あったんじゃないの?」

 「私は元々貴族の生まれなんだ。

  退屈で仕方なかったから家を飛び出し、そのまま冒険者になった。

  自由奔放に生きて、稼いだ分はその日のうちに使ってた。

  毎日が楽しくて結婚する暇なんて無かったね。

  それに、歳をとって物乞いをするのもね、悪くなかったよ。

  マスターに声を掛けられるまでは、正直、このままくたばってしまうかと思ってた。

  それでもね、もう歳だし、そのまま野垂れ死ぬのも悪くないって思ってたよ。

  私はいつでも最高に楽しんで生きているからね」


 そんな考え方もあるのか。

 僕なら貴族に生まれたら貴族としての人生を全うすると思う。


 自由に生きる事は構わない。

 けど、それは成すべき事をきちんとやって得られるものなのだと思っている。

 貴族に生まれたとしたら、貴族の自分だから出来る事もあると思うし、貴族としてやるべき事もあるはずだ。

 

 まあ、テレサの場合は自由に生きると言う理想の為、貴族と言う立場を、しがらみと共に捨てたと解釈すれば、僕から見ても正しい生き方に当てはまるのかもしれない。

 中途半端に都合の良い肩書だけを掲げ、正しい行いをしない者、成すべき事を成さない者は僕から見て正しいとは言えない。

 転生前の担任の様な人は許されるべきでないと僕は思う。

 

 「凄い生き方だね。

  テレサはきっと正しいよ」

 「私から見ればマスターも凄いよ」


 「そうかな?」

 「そうなのだ」


 テレサは良く笑う。

 いいな、こういう人。

 元気を分けて貰えるようで、少し幸せな気分を味わえる。

 テレサが初めての契約者で本当に良かった。

 きっとアイドルとしても……逸材なんだ。


 「そうだ、魔法って僕にも使えるの?」

 「使うだけなら魔法なんて簡単。

  手を前にやって、少し離れた所に自身の魔力を注ぎ込むイメージ。

  試してみて」


 そんなハイやってみて、みたいな感じで言われても難しい。

 魔力がどんな感覚の物なのか全く分からないけど、とりあえず言われた通りにしてみる。


 イメージして、流れを感じろと集中する。

 ああ、突き出した右手に妙な感覚が……だんだんその妙な感覚が広がっていき、体全体を流れているのを感じる。

 これが魔力……?

 なんか、もう一つ同じような力の流れを感じるけど?

 どっちが魔力なんだ?


 まあいい。

 今は分からない事だらけだし、テレサに言われた通りの事をしよう。


 更に集中して離れた場所にその流れの一つを集めると……集まった魔力が固まって何か出てきた。

 ルビーの様に赤く透き通った石?

 宝石を出す魔法かな?


 「なんか出てきたけど、これって宝石を出す魔法って事かな?」


 テレサの顔を見て驚いた。

 柔らかな表情が一変して、神妙な面持おももちでその石を眺めている。


 「マスター。

  これは魔法ではない」

 「魔法じゃ……ない?

  それじゃあ、この石はなんなの?」


 「幼少期に一度見た覚えがある。

  これは、賢者の石だ」

 「賢者の石……?

  それって錬金術で金属を純金に変えたりするって石の事かな?」


 「それ程度の代物なら良かったんだけどね。

  この石は人知を超えた奇跡を起こせる……人が手にしていい物じゃない。

  マスター、この石は私が預かっておく。

  そして、今後は魔法を使おうとしてはいけない」

 「待って!

  実はもう一つ、別の力の流れを感じていたんだ。

  きっとそっちが魔力なんじゃないかな?

  一度試してみたいんだけど」


 「いいよ、やってみて」


 さっきと同じ様に集中し、魔力を集める。

 青白い光の玉が浮かび上がった。

 テレサは……頭を抱え、考え込んでいる。


 「テレサ……もしかしてこれも魔法じゃないの?」

 「賢者の石の時点でそんな気はしていた。

  マスターが使ったのは紛れもなく……魔法……それも、聖属性のね。

  少し長い話になるけど、大丈夫?」

 「うん、是非聞かせて」


 「世界の頂点に君臨する12柱の闇と光の使徒。

  聖属性はその光の使徒と、その使徒に選ばれし6人の信徒だけが使える属性だ」 


 「選ばれし信徒が6人って事は、光の使徒も半分の6柱って事で合ってる?」

 「その認識で間違いない。

  そして、聖と闇の属性魔法は、普通の魔法と違い、その魔法そのものが番人の意思であるとされている。

  番人とはこの世界の最高神の事よ」


 「つまり、この魔法も人前では見せれないし、人の手にしてはいけない様な危険な魔法って認識で合ってる?」

 「合っている。

  だから、使い慣れておく必要もある。

  これからは一日中魔力を体内で循環させ、人の気配がない時に限り、聖属性の魔法だけを使ってもいい」


 「わかった。

  でも、それならいっその事、使わない方がいいんじゃない?」

 「そう言う訳にもいかない。

  全く、何から話せばいいのやら……」


 テレサはそう言って、僕に一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 この世界は神々の戦争によって7度滅び、滅びの数だけ新たな生命が誕生した。

 今は亡き、名も無き慈愛の神は7度目の対戦で痛哭つうこくし、番人が生まれた。

 番人はこの世界が再び滅びる事の無いように秩序と調和の概念となり、12柱の使徒を残し、自らを神々のくさびとして、全ての神を封印した。

 

 そして、光の使徒達は異界セレスティアルを与えられ、闇の使徒達も同様に異界シュオールを与えられた。

 生き残った生命達はこの地上を与えられ、使徒が秩序と調和を管理した平和な世界が誕生した。


 「それって神話だよね?

  7度滅びたって千年とか二千年の話しじゃないんでしょ?」

 「神話で合ってるし、人族でも信じていない人は少なくない。

  けど、私はこれが事実なのだと言う事を知っている。

  私の祖父が古代魔法の研究をしていてね、賢者の石を通して当時の神々の闘争の記録を見たの」


 テレサの見た神々の闘争。

 それは、あまりに現実味の無い大規模な破壊と再生の歴史であり、それを見た古代魔法を研究していたテレサの祖父も、参考にならないのでさじを投げてしまった。

 そして、その後に映し出された地上の生命達の闘争の記録を見てテレサの祖父は古代魔法の研究を諦めてしまった。


 その記録とは、キシン族と光の使徒による闘争の記録。

 戦争となった経緯は不明だけど、使徒が出てきている以上、世界の秩序と調和を維持する為の戦争であったのだと予想出来る。

 キシン族は突如として、最も繁栄していた人族の国を一夜のうちに滅ぼした。


 周辺国家も次々に滅ぼされていき、抵抗すら許されず、人族はキシン族に蹂躙され尽くす。

 しかし、光の使徒達はキシン族の横暴を許さず、6人の信徒を連れてキシン族に立ち向かった。


 キシン族の数はおよそ2000万。

 対して使徒達は、信徒6人だけを引き連れて戦いに挑む。

 信徒達は全滅してしまったが、勝ったのは6柱の光の使徒。

 光属性の魔法によって圧倒的な破壊と再生の力で勝利をもぎ取った。


 しかし、3柱の使徒は深い傷を負い、異界セレスティアルへ戻る事が出来ず、そのまま地上で暮らす事となった。

 その3柱の使徒達が暮らしているのが聖都ハルモニアと言う事らしい。

 そして、賢者の石を生成出来るのは使徒だけであり、信徒には出来ない。


 「つまり……僕は番人の使徒と同等の力を使えてしまっていると言う事?」

 「そう言う事になるね。

  その力を真面に操れば簡単に国一つを滅ぼせる。

  まあ、そんな使い方をしてしまえば、すぐにでも使徒が駆けつけて来そうだけどね」


 「それは……恐ろしいね。

  ちゃんとこの力をどの程度まで使えるのか理解出来る様にしておくよ。

  それと、誰にも見られない様にもしておく」


 テレサは僕を見つめ、無言のまま俯いた。

 人知を超えた奇跡の力……。

 

 僕はテレサを信じている。

 だから、魔法を自由に使えないのは残念だけど、この事について考えるのは止めよう。

 そうと決まれば、後は先に進むだけだ。

 テレサに「先へ行こう」と声を掛け、第四階層を目指す。


 人前で魔法を使えないと分かった以上、弓などの飛び道具の扱いは難しそうだし、僕が戦闘に加わるなら前衛か……。

 幸いな事にテレサは魔法を使わず剣で戦っている。

 参考にさせて貰おう。

 

 テレサがどんどんモンスターを倒し、僕はその動きをしっかりと記憶する。

 そして、第四階層まで無事に辿り着いた。

 

 「ここが第四階層……。

  本当にダンジョンの中に植物が生えているんだね」


 不思議な光景だ。

 さっきまでは遺跡とか洞窟の様な、土の中にいた感じだったのに、突然目の前に緑豊かな光景が広がる。

 何故か天井も無く、空があり、日光も刺していてダンジョンの中だとは思えない。


 「私も最初は不思議に思った。

  けど、これがダンジョンなんだ。

  少し歩けばコロニーに着くよ」

 「わかった。

  時間も結構経っているだろうし、急ごう」


 僕達は第四階層の奥へと進む。

 遠目に植物系のモンスターの姿は見えたけど、態々相手にする必要はない。

 一本道を辿っていくと、テレサが言っていた通り、すぐコロニーに着いた。

 

 集落の様な場所を想像していたけど、かなり開拓されていて街と言っても差し支えないレベルだ。

 冒険者もかなりの数が居て、パッと見ただけでも数百人くらい?

 もしかしたら、数千人と言う人がこのコロニーに滞在しているのかもしれない。

 二人で街を見て周り、中央にある広場へとやって来た。


 「現役だった頃より随分発展してるよ。

  あの大きな建物はここを管理している土竜どりゅうの宿舎だね」

 「かなり大きいね。

  この街を管理しているんだろうし、ずっとここで寝泊まりしているのか……。

  ここだと地上の街よりも娯楽も少ないだろうし、大変そうだね」


 「本人達は望んでここにいるんだ。

  仕事としてだけどね。

  娯楽と言えばアレを試したいんだけど」

 「アレ? アレってもしかして、ついさっき覚えた能力の事?」


 「そうだ!」

 「いきなりだけど大丈夫?

  流石に僕は自身ないよ」


 「私に任せておけば問題ない!

  要は歌って踊って観客を沸かせればいいんでしょ?

  楽しそうだし、私はやってみたい!」

 「まあ、僕はステージに立つわけじゃないし、テレサがやりたいなら構わないよ。

  それと、僕は新しく二人と契約出来る様にもなったんだ。

  しばらくはテレサと二人でやっていくつもりだけど、そのうち新しいアイドルをスカウトしようと思ってる。

  実際にテレサが活躍してくれないと、アイドルがなんなのかこっちの人は知らないだろうしね」


 「じゃあ丁度いい。

  アイドルが何なのか、ここの冒険者達に知って貰おう」

 「うん、そうだね。

  僕も出来るだけのサポートはさせてもらうし思い切りやって来て」


 僕とテレサは同時に『ステージ召喚』のスキルを発動させる。

 このスキルは基本的に契約者と僕が揃っている状態で無ければ使う事は出来ない。

 そして、音楽や演出などは互いの知識などを共有し、ステージがそれに答えてくれる。


 つまり、自動で演奏してくれて、自動である程度の演出はしてくれる。

 今回の楽曲なんかは全部テレサに任せた。

 僕も何か出来る事があればしたいけど、手探りだし自身ないな。

 けど、出来る事の確認も兼ねて、色々と試してみるつもりだ。

 そうだな……テレサの選んだ楽曲のリズムに合わせてドラムの打ち込みを合わせてみる。

 うん、そんな感じでいこう。


 広場の真ん中に大きなステージが姿を現す。

 街の冒険者達がその異様な光景に「なんだなんだ?」と言って集まって来る。

 かなり多いな……テレサがステージの真ん中で笑みを浮かべ、挨拶しながら手を振っているけど、周りの冒険者達の声の方が大きい。

 怒ってる人も多く、早く片付けろと罵声を浴びせられている。


 最悪な雰囲気だ……不安を抱きつつ見守っていると、テレサが中央にあるスタンドマイクを手にした。

 トントンっとマイクを叩き、音が出るのを確認したテレサは「ハー」っとマイクに声を通す……。

 声を聴いた瞬間――戦慄した。

 きっとこの場に居る人達も同じだ。

 その証拠にあれだけ騒がしかった喧騒も静まり返っている……。


 なんて綺麗な声なんだ?

 オペラ歌手の様に力強く、そして柔らかい声。

 得意と言っていたけど、たった一度の発声だけでこれ程惹き付けられるなんて……。


 そして、メロディーが流れだし、テレサが歌い始める。

 誰もが彼女の歌声に耳を傾け、その美しい姿から目を離せない。

 息をする事さえ忘れてしまいそうだ。

 

 駄目だ、僕が魅入られていてどうする?

 我に返り、僕はテレサのプロデューサーであると自分に言い聞かせる。


 これがこの世界の音楽……。

 民族的な音楽。

 少しケルティック感のある、もの悲しい感じの落ち着いた曲だ。

 僕の想像するアイドル的な音楽とは違うけど、聞き入ってしまう。

 何もする事が出来ないまま、一曲目が終わってしまった。

 メロディーが鳴りやむと一斉に歓声が聞こえる。


 ただでさえ娯楽の少ないコロニーだ。

 あんな歌声を披露されたらクリティカルヒット間違いなしだし、ここの皆はもうテレサの虜になっている事だろう。

 僕も素晴らしい以外の言葉が浮かばず、素直に手を叩いていた。


 次のメロディーが聞こえて来ると歓声が止み、テレサに視線が集まる。

 さっきの曲よりも速いテンポでリズミカルなメロディー。


 知識を共有しているのでどんな曲をやろうとしているのかは分かる。

 よし、僕も負けていられない。


 ドラムで音の粒を増やし、曲のイメージを潰さない程度に激しく、リズミカルに。

 テレサの綺麗な歌声に薄いエコーとコーラスも付ける。


 元々なんらかの弦楽器を用いているし、僕の知っているバイオリンやヴィオラ、コントラバスなんかの音も織り交ぜてみた。

 今僕に出来る事と言えばこんなものか。


 テレサは絶好調で、踊りも得意と言っていたけど、ステージでの見せ方も完璧だった。

 楽しい事ならなんでもやって来たみたいな雰囲気があるし、酒場とかでステージに立つ事も頻繁にあったんだろうと言う事が安易に想像出来る。

 

 この曲で終わろうと思っていたけど、アンコールが鳴り響き、テレサもそれに答えたいと願った事で追加で三曲やる事になった。

 最後にテレサが自身の宣伝と「所属クラン『アイドルプロジェクト』を宜しく」と観客に伝え、ステージの幕を閉じた。


 ステージを閉じると僕とテレサはしばらくステルス状態になる。

 便利だな。

 確かに今、テレサがステルス無しでこの場に居たら、冒険者達にもみくちゃにされていただろう。


 「マスター、どうだった?」

 「最高だったよ。

  まぁ、ここに居たら騒ぎになるだろうし、第三階層に戻ってゆっくり話そう」


 「そうだね」そう返事をしたテレサが僕に袋を手渡して来た。

 ちょっと重いけど、これってお金か。

 冒険者達がステージに沢山お金を投げ入れていたから、それをテレサが集めてくれていたのか。


 「あの一瞬で集めたの?」

 「ステージが終わると懐に入っていた。

  たぶん、ステージ上に投げられたおひねりは瞬時に回収できるんだと思う」


 「そうか、それならテレサが持っていて。

  僕はまだこの世界でお金を使った事は無いし…‥あっ!

  ごめん、少しだけここで待っていて」


 僕はお金を持ってコロニーの奥へ走り出した。

 目的は武器屋だ。

 僕の能力でスーツと革靴を新品に出来たりするけど、なぜかそれ以外に自分用装備は作れない。

 だから武器屋で剣を購入する。


 扱いやすそうなショートソードがあったのでそれを購入し、テレサの元へ戻る。 

 僕がステルスを解除した事でテレサも解除されてたのか……。

 テレサの居た場所には人だかりが出来ている。


 人をかき分けてテレサの元へ辿り着くと、テレサが僕の手をグイっと引っ張って高らかに声をあげた。


 「アイドルプロジェクトのクランマスターコゼットだ!」


 なんでそんな事するの……。

 まあ、この人だかりだから仕方ないか。

 僕も何か言った方がいいんだろうけど、心の準備が……いや、やるしかないだろう。

 前世でアイドルの事はあまり知らない。

 それでも僕はアイドルとは何かという事を演説し、この世界におけるアイドルの概念を生み出した。

 強く、美しく、憧れる存在。


 そんな風に熱弁したと思う。

 自分でも何を言っているのか分からなくなる事もあったけど、それでも吐き出すように熱く語った。

 最後の挨拶をテレサに任せ、大勢の冒険者に見送られながら第三階層へと来た道を引き返した。

 

 第三階層へ到着すると「偉いぞ、よく頑張った」とテレサが頭を撫でてくれる。

 僕の見た目は子供じゃないぞ?


 「マスター。 私はちゃんとアイドル出来ていた?」

 「ライブ中は僕と意識を共有していたんだし、分かっているじゃないか。

  完璧だったよ。

  僕の想像していたアイドル像とは違うけど、むしろその方が良かった。

  それより、僕は自身が無くなったよ。

  テレサじゃないければ大失敗してたんじゃないかな」


 「年の功だよ。

  それに、マスターは見た目よりかなり幼いのだろう?

  まだまだこれからじゃないか。

  それはそうと、私はマスターのアイドルになれた?」

 「ん? さっき答えたと思うけど……テレサはアイドルだよ」


 「違う違う、マスターのアイドルになれた?」

 

 何を言っているんだ?

 僕のクラン『アイドルプロジェクト』のアイドルになれたのかと言う問いなのか?

 いや、何度も答えているし、テレサはアイドルだ。


 ああ、違うな。

 アイドルは夢を与えてくれる人……そんな説明をした覚えがあるし、その事を言っているのか。

 つまり、僕はテレサから夢を与えて貰ったかどうか……?


 夢か……今の僕の希望としては、アイドルを一から育てて、大きなライブを開いて……ダンジョンを踏破してって感じだから……。

 最初から能力の高いテレサにおんぶに抱っこ状態。

 僕の理想としては逆の立場なんだ。

 でも、テレサが居てくれるなら安心して次のステップを踏めるとも言える。


 「うん、テレサは僕のアイドルだ。

  テレサに負けないくらい優秀なプロデューサーになってやる」

 

 テレサはニコニコしながら「よっしゃー!」と言ってジャンプした。

 元気だな、とても80歳のおばあちゃんとは思えない。


 「ところでマスター?

  その剣はどうしたの?」

 「さっき買って来た。

  僕も戦闘に参加したいからね。

  探知能力で逸れているエルダースケルトンを探して欲しい」


 「マスターは剣を扱った事は無いんでしょ?

  初戦でエルダースケルトンは危険すぎるし、それなら街へ戻ってから私が教えてあげる」

 「それでもいいんだけど……僕は今戦いたい。

  昂っているんだ。

  きっと今じゃなきゃ、この先ずっと後回しにしてしまうかもしれないし」


 「ん-……。

  分った、危険だと判断した場合はすぐ割って入るからね」

 「ありがとう」


 テレサはすぐに孤立しているエルダースケルトンを見つけてくれた。

 角を曲がったすぐ側にいるらしい。


 僕は剣を手に取り身構えた。

 野球で使うバットよりも重いし、テレサの様に片手で振り回したりは出来そうにない。

 けど、戦い方は目に焼き付けた。

 後は、実戦でその動きを僕なりに再現すればいい。


 エルダースケルトンが姿を現すと、ゆっくりと僕の方へ近づいて来た。

 ゆっくりと表現したけど、実際に目の前にすると威圧的で中々隙を突けない。


 エルダースケルトンが剣を振り上げたので間合いに入り攻撃を誘い出す。

 剣を振り下ろした瞬間に懐に潜りこみ、骨の間を縫うように剣を突き刺した。

 そのまま剣を持ち上げると……弾力を感じる、それに固いな。


 てこの原理で骨を外したり破壊したり出来ると思ったけど無理そうだ。

 相手はノーダメージ。

 そして、僕は攻撃を交わしたけどエルダースケルトンの攻撃が素早くて躱すのはギリギリだった。


 なら、叩くしかない。

 テレサの動きを見ていたからよくわかる。

 こいつらの弱点は関節の付け根だ。

 そこを突けば剣でもダメージを与えられるし、上手くやればバラバラに出来る。


 僕は記憶しているテレサの動きを真似して、的確に攻撃を加えていく。

 攻撃の重さも、速さも、タイミングも全てテレサよりも劣るけど、それを計算にいれて動く。

 目の前の敵は遠目で見ているよりずっと早く動いて見える。

 それも計算にいれる。

 そして、同じエルダースケルトンだからと言って同じ動きをするわけじゃない事も理解している。


 侮っていたわけではないけど、テレサがあまりに簡単に倒していたから僕にも倒せるかと思ったけど、手強いな。

 それに、弱点を突いても全然倒れる気配がない。

 僕の攻撃が軽いのか。

 いや、ちゃんと剣を扱えていないだけだ。


 自分の体の一部だと思って、しっかりと体重を乗せる。

 思い切り当てると手首が痛い。

 握りが甘いんだ。


 試行錯誤して自分なりに戦っていたけど、徐々に追い詰められていく。

 僕はテレサに声を掛け、魔力を集中させる。

 テレアから「大丈夫だマスター」の声を聴き、聖属性の魔法を放つと、あっけなくエルダースケルトンは崩れ落ちた。

 

 「強かったぁ……よくあんなの相手に出来るね」

 「エルダースケルトンは普通に手強いモンスターだからね。

  私はもっと下層でも戦ってたから倒せて当然。

  それよりも……戦闘経験の無いマスターがエルダースケルトン相手に戦えていた事の方が驚きだ」


 「そう? 僕って結構強くなれたりするのかな?」

 「強くなる素質は十分。

  マスターが頑張れば私と肩を並べる日もそう遠くないよ」

 

 テレサがそう言ってくれると素直に嬉しい。

 実際に強い人にだから、自分に自信も持てる。

 

 今度は一人で戦わず、テレサにサポートして貰いながら第二階層目指して突き進む。

 そして、第二階層への階段を登る頃には、剣の扱いにも慣れてきた。


 第二階層……。

 ここはゴブリン達の住処になっている……。

 いっきに気分が沈んで来た。


 理由は簡単。

 今まで倒して来たのはエルダースケルトンとリッチー。

 つまり、元々死んでいるアンデッドモンスターを倒していただけだ。

 ここのゴブリン達は生きている。


 それに骨だけのモンスターとは違い、血も出るし内蔵もある。

 傷を負えば声を出して痛がるし、言葉は分からないが止めを刺しそびれたら命乞いだってするかもしれない。

 覚悟は決まっている。


 「テレサ……ゴブリンを見つけたら僕にやらせてくれ」

 「わかった。

  そこの角を曲がったら補足出来るよ。

  恐ろしくなったら振り返って見て。

  必ず私がいる」


 「余計な心配……。

  必ず成し遂げるから」


 成すべき事を成す。

 当たり前の事を当たり前にする。

 ただ、それだけだ。


 角を曲がり、ゴブリン達を見つけた。

 僕を補足したゴブリンが突っ込んで来る。

 好都合だ。

 一瞬足が竦んだけど、距離が空いているので何の問題も無い。


 何度もシミュレートした。

 エルダースケルトンやリッチーと比べれば大した事の無い相手だ。

 僕はやれる!


 違いの間合いに入り、一匹目を斬りつけた。

 振り下ろした剣が頭蓋骨に当たって滑り落ち、そのままの勢いで肩の骨に当たって止まった。

 ゴブリンは力なくその場に倒れ、痙攣している。

 油断は禁物。

 僕は倒れたゴブリンの胸に剣を突き立てた。

 一匹目のゴブリンはこれで絶命したはず。


 血しぶきが舞い、割れた頭から臓物が零れ落ちていた。

 床には血だまりが広がりつつある。

 吐き気を催し、一瞬クラリときたけど、戦闘は終わっていない。


 二匹目。

 こん棒の攻撃を受け流す。

 なかなかの速度だった。

 つまり、ゴブリンは大きく体制を崩し、僕に絶好のチャンスが訪れる。

 剣を胸元目掛けて突き上げた。

 ゴブリンを貫いた剣から生暖かい血が流れてくる……。

 このゴブリンはまだ生きている。

 剣を引き戻すと同時に捻りを咥えた。

 ゴポッと言う音とが聞こえ、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。


 三匹目。

 一瞬僕から目を反らし、まだ生きている四匹目のゴブリンに視線を送った後、こん棒を投げ捨て、叫びながら突っ込んで来る。

 何故武器を捨てた?

 考えている暇はない。

 迎え撃つ準備は整っている。

 僕に掴みかかって来たゴブリンの腕を突き、更に一歩下がって距離を取った。

 一度失敗したにも関わらず、ゴブリンはまた寄生を上げながら突っ込んで来る。

 出血と痛みの影響か、さっきよりも動きが遅い。

 僕はゴブリンをすり抜ける様にして前へ出て、すれ違いざまにさっきと逆の腕を切り落とす。

 そのまま即座に振り返り、ショック状態で硬直したゴブリンの首を刎ねた。

 器官に血が流れ込んだのか、ゴブリンの断末魔はゴボゴボと溺れている獣の様な声で酷く耳に張り付いた。


 四匹目……目が合った。

 直感的に恨みを抱かれている様に感じた。

 そして、そのままゴブリンは僕に背を向けて逃げ出した。

 追う必要は無い。

 取るに足らない相手だからだ。


 恐ろしくなったら振り返れか……。

 恐ろしいよ。

 凄く怖い。

 発狂してしまいそうだ。


 ダンジョンのモンスターとは言え、命を奪ってしまったのだから。

 呼吸も荒いし、気が動転してパニックになりそうだ。


 でも、絶対に振り返らない。

 けじめって言うのかな?

 僕は今までの自分を捨てて、今の自分であるべきだと決めた。

 振り返ればテレサはどんな顔をしているのだろう?


 きっと甘やかしてくれるんだろうな。

 そんな事をされたら……泣いて全部テレサに押し付けてしまうかもしれない。

 

 もう考えないぞ。

 この世界では僕はもう子供じゃないんだ。


 「テレサ、先へ進もう」

 「頑張ったね、マスター。

  この先の戦闘は私に任せてくれて構わないよ」


 「そう言うのはやめて。

  もう僕は子供じゃないんだ。

  一緒に戦おう」

 

 テレサは何も言わず僕の隣に立ってくれた。

 なんか変な表情をしている。

 嬉しそうなのに悲しそうで……怒っている様にも見える。

 

 「つまらないぞマスター。

  もっと私を頼ってくれ」

 「つまらなくていいよ。

  さっきも言ったけどもう子供じゃないんだ。

  僕がアイドル達を引っ張っていく。

  勿論、テレサもね」


 なんか、テレサが子供っぽく見えて僕は笑った。

 つられてテレサも笑う。

 それでいい。

 僕は僕の成すべき事を成すだけだ。

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