第4話

 第一階層へと戻って来た。

 ここにはギルドで受けた採取依頼のアイテムがあるらしく、取って来るのはそこそこ難しいらしい。

 けど、探知能力のあるテレサに掛かればすぐとの事らしいので、テレサが別ルートへ寄り道する形で取りに行って貰った。


 僕は道を教えて貰っているので、迷わずに帰る事が出来る。

 それにしても、一人でいる事をこんなに心細いと思ったのは生まれて初めてだな。

 いつの間にかテレサの存在が、僕の中で大きくなっていたんだ。

 いや、それ以上だ。

 こっちの世界に来てずっと大きな存在だったような気がする。


 ん? あれは、モンスターか。

 大型犬くらいの黒い甲虫を見つけた。

 見た目は凄く固そうだし、金属の様な光沢もある。


 僕の気配に気が付いたのか、こっちへノソノソとした動きで向かって来る。

 早い動きは出来そうにないし、甲虫の頭を踏みつけてこっちに来るのを防いだ。

 見た目通り凄く固くて力強い。

 踏みつけた足をグイグイと押し戻してくる。


 剣で弱点となる首の付け根や、ひっくり返して柔らかい部分を狙えば簡単に倒せそうだけど……。

 うん、この子は無害そうだし今は無視して進もう。

 集団で襲われたら力も強いし、固く棘の着いた足は人の肌を容易く切り裂くだろうけど、今相手にしなければならない理由はない。


 テレサとの合流地点へ行くと先にテレサが待ってくれていた。

 回り道をしたのに真っ直ぐここまで来た僕より、テレサの方が速く着いている。

 急いで来たのかな?

 まあ、気にする程の事でもないし、そのまま最短ルートを通ってダンジョンの外へ向かった。

 

 この世界に来て初めての夜。

 ダンジョン周辺は警戒しているだけあって、眩しいくらいに明かりが灯されていた。

 居住地きょじゅうちの方に行くと、明かりも減り、徐々に暗くなって来たけど、月が三つもあるお陰で結構明るい。

 

 ギルドに到着し、テレサがダンジョンでドロップしたアイテムと、採取して手に入れたアイテムも一緒にメルナさんに渡す。

 

 「本当に第三階層まで行ってきたんですね!

  流石です!

  全て買い取らせて貰うと7万ガネーになりますが宜しいでしょうか?」


 テレサがこっちに視線を向けてきたので親指を立ててグッドのサインを返す。


 「はい。

  では、今からコゼットさんとテレサさんはゴールドクラスの冒険者として認められました。

  今後も昇級の際などには、お声掛け致しますので、今後の御活躍をお待ちしております」


 7万ガネーか。

 相場が違うから一概にそうとはいけないけど、ガネーはだいたい日本の円と同じくらいの価値なので分かりやすい。

 この世界に来てようやく一日が終わったのか……。

 黄昏ているとテレサが僕の顔を覗き込んで来る。


 「マスター、これからどうする?」


 これからどうする?

 それもそうか……今から宿も探さないといけないし、そう言えば食事も殆ど取ってない。


 テレサは多分僕に気を使っている。

 ダンジョンで食べたのはゴブリンの肉だけだし、元々三日間食事を取って無かったテレサは凄くお腹が空いているはずだ。

 僕もゴブリンの肉以外は口にしていないし、空腹ではあるけど、あの惨劇を見た後だから食欲は湧いてこない。

 とりあえずお風呂に入りたいけど……ここは日本じゃないし、この街にお風呂があるとも思えない。

 気を使われるのも癪だし、意地を張って食事を取ろう。


 「あーお腹が空いて仕方がないよ。

  どこかいいお店知ってる?」

 「本当に……?

  それなら、いい店があるよ。

  ちょっと大人な雰囲気だけど、いい?」


 大人な雰囲気?

 お酒でも飲むつもり?

 まあ、変な所で無ければ何でもいいけど。


 「別に構わないけど、僕はお酒飲まないよ」

 「大丈夫! 飲まなくても楽しめるから!」


 テレサについて行くと……派手な看板のお店の前で立ち止まった。

 建物の外見は至って普通だけど、看板が妙にうさんくさい。

 店名は影奉仕かげほうしか、どんな飲食店なのか全然分からない。


 ドアを開き、中へ入ると。

 化粧の濃いメイド姿の女の子達がこちらを見て深くお辞儀をした。

 大人な雰囲気?

 これって……行った事はないけど、メイド喫茶ってやつじゃないのか?


 女の子の一人がこちらに来て「ようこそお越しくださいました。 どうぞこちらへ」と僕達を案内してくれる。

 この子……背が高いしスタイルもいい。

 声は低くめで小さいけど、魅力的な声をしている。

 身体能力、魔法能力は平凡、急いで次のアイドルを探す必要もないけど、観察を続けて逸材となる人物がいれば声を掛けておきたい。


 あれ?

 このお店、全部個室になっている……。

 そして、通して貰った個室の中はお座敷?

 掘りごたつ形式になっていて、ゆったり座れるし落ち着く。

 結構いいお店に思えてきた。

 大人な雰囲気か……確かに落ち着いていて騒がしくもないし、大人に好かれそうなお店だ。


 注文をテレサに任せると、しばらくして料理が運ばれてくる。

 料理がテーブルに並んだはいいけど、何故か女の子が二人、僕とテレサの隣に座った。

 正座をしているし、一緒に食事をするわけではなさそうだけど……?


 テレサを見ていると、口をあーんと大きく開けた。

 すると、となりの女の子が器に取り分けた料理をスプーンを使って口元まで運ぶ……まさかとは思ったけど、テレサは隣の女の子に食べさせてもらっている……?

 女の子は小さな声で「当店自慢の一品です、美味しゅうございますか?」と……頬を染め、真ん丸な瞳を細めてテレサを見つめている。


 テレサは「声が小さいな、もっとそばへ来なさい」と言って女の子を引き寄せる。

 僕の方まで声は届いていたのに声が聞こえなかったと言う事はないだろうし、ここはそう言うお店なんだ……。


 どうしよう?

 テレサの真似をすればいいのか?

 いや、僕は普通がいい。


 「君、名前は?」

 「名前を聞いて下さるんですか?」


 この子も声が小さい……。

 にしても、この返答……?

 僕は何かおかしな事を言ったのか?

 ルールが分からない……。

 女の子は両手で口元を抑え、驚いている……と言うか、なんだこの潤んだ瞳は。

 テレサは……駄目だ、隣の女の子に夢中でずっとセクハラっぽい事をして楽しんでいる。

 

 「名前を聞いたのはまずかったのかな?

  ごめんね、この店に来たのは初めてだから、ルールがわからくて」

 「そうだったんですか。

  確かに、初めてですと、困惑してしまいますよね」


 続けて、女の子は僕に、このお店の事を丁寧に教えてくれた。

 どうやらここに居る女の子達は、実は皆男性で、テレサが見せてくれている様に、ご飯を食べさせてくれたり、過激なスキンシップを楽しむお店らしい。

 声が小さいのは、店の方針で徹底しているらしく、色々とメリットがあるんだそうだ。

 一通り説明も聞いたし「僕は普通に食事をしようと思うし、君も好きな物があったら食べて」と伝えた。


 僕が口に運ぼうとした物をじっと見ていたので「これ食べる?」と聞くと「いいんですか!?」と言って口を大きく開けた……。

 仕方ないので手に取ったスプーンをこの子の口に運ぶと、美味しそうに食べてくれる。


 「ああ、名前を聞きそびれていたね。

  もう一度訪ねるけど、君の名前はなんていうの?」

 「名前を聞いて頂けるんですか?」


 ああ、またこのやり取りするんだ。

 多分、名前を聞くと、このお店に来た時はこの子が対応してくれる様になるとかそんな感じなんだろう。

 もしくは追加料金が発生するとか?


 「構わないよ。

  君の名前、教えて貰える?」

 「はい、アサギと申します」


 「僕はコゼット。

  これから宜しくね、アサギ」


 それからは、アサギと会話しながら楽しく食事をする事が出来た。

 テレサは……ちょっとセクハラが激しくて目を背けていたので、どうなったのかは知らない振りをしている。

 料理も美味しかったし、ここならまた来てもいいかもしれない。


 「ご満悦頂けたかな?」

 「テレサ……ちょっとやりすぎじゃない?

  いつ一線を越えるかのかと思って見てられなかったよ」


 「それを楽しむんだよ、このお店。

  それより、マスターはああいう子がタイプなんだねー?

  童顔で親しくなると夢中で相手してくれる感じの内気なタイプって所かな?」

 「何ニヤニヤしてるの?

  アサギは可愛かったし、とてもいい子だとは思うけど、僕はノーマルだからね。

  それに、まだ恋愛とかにも興味ないし」


 「ああ、名前聞いちゃったんだ」

 「ん? そりゃあ、ご奉仕してくれるんだし、聞くでしょ?」


 「マスターの居た世界ではそうなの?

  こっちの世界の常識では、自分よりも下に見る相手の名前は聞かないし、覚えないのが普通なの。

  人なんて沢山いるし、出会った人の名前なんて全部覚えてられないからね」

 「こっちの世界の常識かぁ……。

  確かに沢山人はいるけど、僕はアサギを自分より下だなんて思わなかったよ?」


 「あそこに居た子達は、みんな人権を剥奪された奴隷なんだよ。

  奴隷の中から綺麗処を集めたお店」

 「奴隷なんて酷い……と思うのは僕の常識がこの世界の基準から外れているからなのかな?」


 「ん-……。

  あの子達の扱いは酷いものでもないけど、中には酷い扱いをうける奴隷は沢山いる。

  だから、その認識自体は間違っていないと思う。

  奴隷制度に反対する声も少なくはないしね」

 「そっかー。

  僕の居た世界にも人権問題とかって色々と複雑で難しい問題になっていたからね。

  でも、あの子達が酷い扱いを受けていないって聞いて少しは安心したかな」


 「ああ……正確に言うと、今は酷い扱いを受けていない」

 「どういう事?」


 「あの子達は皆、可愛かったでしょ?

  でも人間は歳を取り、老けていく。

  価値が無くなったと判断されると奴隷としてもう一度売られるんだ」

 「お店も商売だし、それは仕方のない事だね。

  奴隷として売られた先で、接客経験が生かされる事って……たぶんあまりないだろうし」


 「そう、だからあの子達がその後、どうなったかなんて考えてはいけない」

 「それがこの世界の常識か……アサギが酷い目にあったら嫌だな」


 「ああ、その話だった。

  あの店で名前を聞くって事はね、16歳になるまでにお前を引き取りに来るぞって意味なんだ」

 「ええ……? 本当に?

  なんでそう言う大事な事、教えてくれないの?」


 「本当だ。

  私の説明不足だったのは認めるけど、どの道マスターはあの子の名前を聞いてたんじゃない?」

 「そうかもしれないけど……引き取るってお金が掛かるんでしょ?

  どのくらい掛かるの?」


 「相場は1000万ガネー。

  人気があって取り合いにでもなればもっと高額になる」

 「そっかー……。

  確かアサギは14歳って言ってたから……うん、お金の問題は大丈夫そう」


 新たな問題を抱えてしまったけど、食事を終えた僕達はテレサが良く利用していたと言う宿に泊まる事にした。

 そして、今後のスケジュールをテレサに伝える。


 朝起きて、食事をし、軽いトレーニングの後、ギルドで都合の良い依頼があれば引き受け、ダンジョンに潜る。

 第四階層でライブをした後、帰還して夜のトレーニング。

 テレサが強力してくれるなら剣の稽古もしてもらう。


 一応、街の広場などでもライブをしようと提案したけど、流石に街中でやるには許可が必要と言う事で、冒険者ギルド経由で領主から許可を取って貰うつもりだ。

 

 そう言うわけで、早速テレサに頼み、夜のトレーニングと剣の稽古をつけて貰いに宿を出て、近くの草原へと向かった。


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