第2話

 テレサがそろそろ戦闘に入ると告げた。

 そのせいで、第二階層が凄く不気味な場所に感じる。


 奥へ進み、テレサの合図でモンスターがもうすぐそこまで迫ってきている事に気が付く。

 足が重たい……不安で思わず腕を組んでしまった。

 これじゃあ咄嗟とっさに動く事も出来ない。


 腕を解こうとした時、ついにモンスターが現れた。

 鉤状こうじょうに曲がった大きな鼻、落ちくぼんでぎらぎらとした目と尖った耳が特徴的なゲームなんかでよく見る敵。

 肌の色が灰紫色かいししょくだけど、間違いない。

 ゴブリンだ。


 こん棒を持ったゴブリンが6匹。 

 こちらを見るなりこん棒を振り上げ、寄生を発しながら襲い掛かって来る。

 明確に殺意を向けられたのは初めての経験だ。

 ああ、一度あるとは思うけど記憶には無い。


 血の気が引き、足がすくんで動かない。

 視界が狭まり、意識が遠のいて行く……。


 テレサが剣を抜き、ゴブリン達の群れに突っ込んでいく。

 なんてたのもしい姿だ。

 まるで僕がお姫様で、白馬の王子様が現れたのだと錯覚するくらいに、その姿が眩しく見えた。

 テレサの雄姿を見て少しだけ体が軽くなった様な気がする。


 テレサの間合いに入った瞬間、ゴブリンの首が飛んだ。

 そのままテレサは素早い動きであっと言う間にゴブリン達を全滅させる……。


 ゴブリン達はさっきまで生きていた……人の姿に似たモンスターの哀れな姿に意気消沈してしまう。

 内蔵も血も散らばった凄惨せいさんな光景……思わず僕は両手で口を押えた。

 深く息を吸い込み、込み上げて来たものを無理やり喉の奥へと押しやる。


 恥を……知れ!

 僕は心の中で自身を叱咤しったした。

 テレサの背中を見た瞬間、安心してしまったんだ。

 僕は子供だけど、今の僕は子供じゃない!


 クラン『アイドルプロジェクト』のクランマスターであり、今後増えるであろうアイドル達を支えるプロデューサーだぞ!

 所属するアイドルにおんぶに抱っこで安心していては駄目だ!

 それに、この程度の惨劇さんげきは、ダンジョンを進めば嫌と言う程見る事になるだろう。


 これは、そう。

 義務だ。

 この世界のアイドルプロデューサーになった僕の義務。

 義務だ、義務だ、義務だ、義務だ、義務だ!

 僕は成すべき事を成す。


 こんなものはその通過点に過ぎない。

 僕はプロデューサーらしい振る舞いを心掛けねばならないんだ。


 テレサを労おうにも肩の力が抜けず、言葉が出てこない……。

 自分の事で精一杯になるな!

 頭の中に羅列られつする言い訳の言葉がうっとおしい。


 無自覚に?

 本能的に?

 僕は弱いままでいて良い理由を探してしまっている。

 

 負けて堪るか……。

 テレサをねぎう為、力いっぱい自分の手を打ちつけた。


 パンっと気持ちのいい音が鳴り響く。

 続けて5回程もっと強く手を叩くと、その痛みが安らぎをもたらし、少し緊張がほぐれてきた。

 今なら言葉に詰まらないでテレサをねぎう事が出来そうだ。


 「流石だな、テレサ」

 

 テレサはニコリと笑みを浮かべ「お褒めに預かり光栄です、マスター」と言った。

 僕の事を君ではなく、マスターと呼んでくれた。

 僕は何もしていないぞ……テレサは甘いな……ん?


 いきなりテレサは腕を肩に回し、僕の頬にチュッとキスをした。

 あっけに取られていると「顔が怖い、固くなりすぎだ」と言って、パンパンと僕の腕を叩き、鼻歌を歌いながらゴブリン達の残骸の方へと歩いて行った。


 なんでキスなんてしたんだ?

 まあ、お陰で思い詰めていた気も少しは晴れたような気はするけど。


 そして、何をするのかと思えばゴブリン達のドロップしたアイテムを回収している。

 僕はその光景をボーっと眺めているだけだ。


 更にテレサは、ゴブリンの頬の肉なども剣を器用に使って回収している。

 あれも売れるのか……?


 回収が終わったテレサの合図で、更にダンジョンの奥へと進む。

 この階層はゴブリンばかりだ。


 2回目の戦闘からは少しは慣れてきて、だんだん緊張の度合いも薄れてきた。

 ゴブリンの上位種もテレサの相手にはならず、僕はその姿を腕組をして後ろから眺めているだけ……。

 何もしないのならともかく……何も出来ないって言うのはちょっと流石に情けないな。

 

 少しでも戦闘に加わりたくてゴブリンの落としたこん棒を持ち上げてみたけど、こんな重い物を振り回すなんてとてもじゃないけど無理だ。

 今は我慢だ。

 帰ったら筋トレしよう……。


 少し広い空間に出ると、テレサが集めていたこん棒を割って薪を作り、焚火を始めた。

 休息の気配に少し気が緩む。


 まだそんな時間は経っていない様に感じるけど、ずっと緊張してたからか、疲労感を感じ取れる。


 実はダンジョンに入ってから結構時間が経っているのかもしれない。

 テレサも戦闘は久しぶりだろうし、少し疲れているのかな?


 二人で焚火を囲み、地面に座る。

 何がとは言わないけど、ゴブリンのこん棒を椅子替わりにしていて丸見えなので少し目のやり所に困る。

 

 テレサはさっき回収したゴブリンの肉を串に刺して焼き始めた。

 あんな人っぽいモンスターの肉を食べるつもりなのか?

 でも、そんな考えは、この世界の常識とかけ離れているのだろうと自覚する。


 よし、いい機会だし、これまでの認識を改め、気を引き締めてちゃんと心構えをしよう。

 この先何があっても動じたりはしない。

 そんな事を考えていたら、いつの間にかテレサがすぐ側まで来ていた。

 そして、また僕の頬にキスをする。


 「マスター。

  また怖い顔になっているぞ?」

 「気にしないで。

  初めての事ばかりで少し戸惑っているだけ。

  それより……アイドルは異性の顔にキスしたりしてはいけない」


 「そうなの?

  アイドル……?」


 テレサは首を傾げている。

 この世界にアイドルと言う概念は無い。

 それならと思い、これを機にアイドルとは何かと言う説明をテレサに説明した。

 すると、テレサは大きな笑い声をあげた。


 「それは面白そうだ!

  歌って踊って応援するのか。

  私は全部得意だぞ!」


 「うん、それに、アイドルは夢を与えてくれるんだ」


 「夢か……成程。

  理解した」


 テレサは笑みを浮かべ、そう返事すると、焼けたゴブリンの肉を頬張る。

 そして、僕にもその串を持たせた……。

 まぁ……肉は肉だ。


 覚悟を決めて口の中に入れると……うん、肉だ!

 味付けもしていないし、ゴムみたいだけど肉の味だけはしっかり味わえる。

 多少臭い感じはするけど、吐き出す程じゃない。

 それを伝えると、他の部位は本当に臭くて食べれたものではないらしい。


 テレサは優しい口調で、ダンジョンの事を少し話してくれた。

 ダンジョンのモンスターの死骸は、しばらくするとダンジョンに吸収されて無くなる。

 しかし、冒険者の場合。

 つまり人が死んだ場合は、モンスターの時とは異なり、外と比べると朽ち果てるのは早いけど、死体そのものや身に付けていたものは残るらしい。

 どう言う原理でなのかは分からないけど、存在しているだけでよく分からないダンジョンに対しては、考えるだけ無駄か。


 一休み出来たし、そろそろかと思い至り、覚悟を決めて立ち上がる。

 そして、小声でテレサに話しかける。

 

 「テレサ、周囲に尾行している奴等以外の気配は?」

 「ん? いないな」


 「色々と覚悟が決まったんだ。

  後回しにする必要もない」

 「そう言う事ね。

  いざと言う時は任せて。

  合図をくれれば即座に斬る」


 準備も整ったし、少し大きな声で隠れているであろう人物達に呼びかける。


 「いつまで隠れているつもりだ?」


 すると、通路の奥から二人の男が姿を現す。

 ギルドから姿を見ていたので、なんとなく見た目は分かっていたけど、もう一度彼等を観察する。


 一人は少し背丈の低い成人男性。

 身体能力も魔法能力もQで、それだけで判断するなら脅威となる存在では無い。


 もう一人は馬鹿でかい傷だらけの大男。

 魔法能力はXだけど、身体能力はテレサと同じKか……。

 テレサが負けるとは思わないけど、経験不足の僕じゃ真面な判断は出来ないし危険はなるべく避ける方向で考えていた方が良さそうだ。


 「ハハハ、バレバレだったんだろうなー。

  おい、でくの坊。

  お前のせいだぞ」

 

 背丈の低い男の方がヘラヘラしながら答えた。

 でかい方の男はこちらの様子をうかがうだけで言葉を発しない。


 「ギルドを出た時から着いて来ていたな。

  僕達に何か用?」

 「俺はシルバーの冒険者で情報屋のショーンだ。

  こっちのデカイのは逃がし屋のバザー。

  尾行していたのはねぇ、二人共目立つから気になるじゃない?

  それに、かの有名な冒険者、テレシアの生き写しって言っちゃうんだから情報屋としては放っておけないよね?」


 身振りや手振り、それに言葉使いも胡散臭い雰囲気を出しているけど、ショーンはちゃんと僕の目を真っ直ぐ見つめて言葉を話している。

 油断出来ないな。

 なんとなくだけど、きっと根は真面目な人なんだろうと思える。

 僕が同様したりしないか、ちゃんと見ているんだ。

 

 情報屋として僕達の事が知りたい……か。

 それに、逃がし屋?

 用意周到なんだな。

 ショーンはシルバークラスの冒険者だし、僕達と戦闘する気は無くて、念の為に雇ったって感じかな?


 今得られた情報を整理すると、戦闘に移れば即座にショーンは逃げるのは間違いないだろう。

 逆に考えれば、最悪この場で逃げ出してしまっても利になるという事かもしれない。

 嫌な予感がするな。

 さっさとショーンに情報を渡してお引き取り願おう。


 「テレサの事が気になるのか?

  隠す事必要もないし、一つ情報を渡そう。

  テレサの実力はテレシアよりも上、つまりダイアモンドの冒険者以上の実力を持っている。

  付きまとわれるのは気分が悪い、これで帰って貰えるかな?

  これ以上付きまとうなら相応の対応を取るつもりだけど?」


 「いやいや、こっちにそのつもりは無いしぃ、帰らせて貰うよ。

  だけど最後に一つだけいいかな?」

 「なんだ?」


 「あんた等はテレシアの最後を看取ったのかい?」


 こいつ……。

 やっぱりまずい事になってしまった。

 ショーンは情報屋だ。

 ギルドでの会話……特に気にしていなかったけど、この質問をして来たと言う事はそう言う事なのだろう。

 適切な対応をしなければいけない。


 「僕達はテレシアの最後を見届けた。

  こっちも一つ質問しよう。

  テレシアとテレサを同一人物だと確信している?」

 「あんた、コゼットさんだっけぇ?

  冴えてるねぇ。

  これって結構お金になりそうな情報じゃない?」


 「そうか、それなら交渉をしよう。

  条件は僕達の情報を他言しない事。

  そっちの言い値で構わない。

  それと、追加で僕の能力も全て教える。

  それでどうかな?」

 「へぇ……それって今得た情報を売るより儲けられるって意味で捉えていいのかい?」


 「それで問題ない」

 「まいどありぃ。

  そうだなぁ、口止め料は月の初めに30万ガネ―を毎月貰おうか。

  コゼットさんの情報は最初の時に聞かせてくれればいい。

  一度でも支払いが遅れたら情報は売らせて貰う。

  あと、この契約は半年までだ」


 「それで構わない。

  もう用は済んだ?

  僕達はこの先に行きたいんだ」

 「ああ、分かった。

  俺達の出会いに祝福を」


 ショーンは上機嫌で来た道を引き返して行った。

 振り返るとテレサの顔が膨れている。


 「マスター?

  30万ガネーなんて大金、本当に払い続けるつもり?

  一方的に不利な条件を飲んだ様に思うんだけど」

 「かなり安く済んだんじゃないかな?

  あいつはテレシアとテレサが同一人物だと確信を持っている。

  それがどういう意味なのか分かる?」


 「うーん?

  私がテレシアだとバレた所で別に構わないじゃないか?

  せいぜいギルド証の再発行に7万ガネー掛かるくらいだろう?」

 「ショーンの売りたい情報はテレサの事じゃない。

  80歳の老婆を少女の年齢にまで若返らせる能力がある男の情報……つまり僕の事だ。

  いくらで売れると思う?」


 「マスターの情報が狙いだった!?

  よく気が付いたね。

  流石だね、私のマスターだ!

  確かに、若返らせる能力の情報なら高く売れそうだ」

 「貴族なんかも絡んでくると厄介でしょ?」


 「うーん……きっとマスターは捉えられて大変な目に合うだろうね。

  良くて飼い殺し?

  それならいっその事、あいつ等を倒してしまえば良かったんじゃないか?

  合図をくれれば私が葬ってやったのに」

 「それは難しいと思う。

  あの大きな男……逃がし屋のバザーだったかな?

  あいつが本気で僕達を足止めすれば、逃げ出したショーンを追う事は困難になる。

  街まで逃げられたら追う事も出来ないだろうし、あいつは情報屋だよ?

  ずっと様子を見てテレサの探知能力にも感づいているだろうし、逃げられる算段は最初から整えているはずだ」


 「警戒しすぎじゃないか?」

 「そんな事は無いよ。

  ショーンは信頼できる情報屋だよ、きっと。

  恐らく、僕の能力をある程度把握できるまでは情報を売らないつもりだろうし。

  だから徹底的にマークして調べるつもりでいたんだよ。

  取引に期間をもうけたのも、その期間内で情報を得られるだけの自信があるって事。

 それに、売却先の用意もその間に済ませるつもりだったかもしれない。

  僕の能力を把握して稼げるなら、そのまま情報を売り、稼げそうにないなら高値で売った後、他の街にでも行くつもりだったんじゃないかな?」

 「私にはよくわからないが、マスターがそう言うのならそうなのだろう」


 「面倒になってきたの?

  まあ、最後まで聞いて。

  僕の能力を教えると言ったのは、それを知った所であまり稼げないぞと言う意味がある。

  それと同時に、ショーンが調べ上げた情報を売るより、僕達はそれ以上のメリットを用意出来るのだと言う主張も兼ねているんだ。

  そうじゃなければ交渉は成立しない」

 「あんな会話でそこまでのやり取りをしていたの?

  マスターの考え過ぎで、相手に全部伝わっていない可能性もあるんじゃない?

  私は説明されてもいまいちピンときていないよ?」


 「はぁ……伝わってるよ、確実に。

  テレサの探知能力で僕達の体をよく調べてみて」

 「私達の体を?

  そんなまさか……これは?

  微精霊?」


 「何か見つかった?」

 「微精霊が不自然な形で集まっている」


 「微精霊が何か分からないけど、それで音や映像を遠くへ送れたりするんじゃない?」

 「微精霊は何処にでもいる精霊の元となる存在だ。

  魔法や魔道具を使えば反応させる事が出来る。

  精霊使いならちょっとした会話も出来るらしいけど……。

  ここで拾った音を飛ばすだけなら確かに可能かもしれない」


 「ほらね?

  これで確実に伝わっているの意味も分かったでしょ?」

 「マスターの信頼できる情報屋と言う言葉通りの人物だったって事ね。

  それならマスターの推測は全部当たっていると考えた方が自然ね。

  それじゃあ、魔法で微精霊達を散らすけど、問題は無い?」

 ≪ちょっと待ってくれ≫


 テレサがそう言うと、何処からともなくショーンの声が聞こえてきた。

 微精霊を通してこっちに言葉を送る事も出来るのか。

 ショーンは続けて、≪微精霊達の機嫌を損ねたくないんだ。 魔法はこっちで解除しておくよ≫とこちらに伝え、集まっていた微精霊は散り散りになった。


 ショーンか……。

 情報屋なんて好かれる仕事ではないけど、僕は嫌いじゃない。

 と言うより、仕事に対して真面目な人が嫌いじゃ無い。


 彼とは今後も取引をするだろうし、長い付き合いになりそうだ。


 「テレサ、もう聞き耳を立ててる奴はいないし先へ進もう」


 この階層のゴブリン達を倒しながら、第三階層への階段を下りた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る