異世界でアイドルプロデューサーになりました。

ジャガドン

第1話

 眩しい……暖かな日差しが瞳を刺し、ゆっくりと眠りから覚める。

 沢山の草を揺らす風の……。

 なんだ、ここは!?


 細めた目から広がるのはだだっ広い草原。

 都会暮らしの僕には珍しい光景で、まるで見覚えのない場所だ。

 この場所が記憶の隅にでもあれば開放的な気分にもなれて、気持ちのいい目覚めだったと思う。


 ここが何処なのか分からない。

 晴れやかな日差しとは対照的に、心の中は暗雲でどんより気分だ。


 落ち着いて考えるんだ。

 まずは、情報の整理。

 見晴らしのいい草原が広がっている。

 脇には大きな道があって、その先には街がある。

 周囲に人の気配はない。


 誰かが僕の意識を奪って運んだとしても、こんな所に放置なんてしないだろうし、そもそも僕をさらう理由は分からない。

 田舎……と言うより、あの外壁からして外国?


 いや、なんか……妙だぞ?

 何故か『アイドルプロデューサー』と言う能力を持っていると言う確信がある。

 職業では無く能力だ。

 それに、専用のスキルも色々あって使い方まで把握している。

 もしかして、ゲーム?


 いや、そんなわけが無い。

 最新のVRゲームでもこんな臨場感は得られないはずだ。

 まるで夢の中にいる気分だけど、僕の五感が現実世界なのだと告げている。


 それにしても、アイドルプロデューサー?

 僕は中学生だぞ?

 何がなんだかわからない……そういえば。


 少し、思い出した。

 僕は多分、恐ろしい目に合った……はずだ。


 担任教師。

 証拠隠滅。

 僕は消された。


 風紀委員の取り組みで、偶然見つけてしまった担任の秘密。

 一応担任の教師と言う事もあって、まずは話し合ってみようと思った。


 そして、放課後。

 生徒指導室で僕が詰め寄ると先生に謝り倒され、真人間になる為に神に誓うから神社まで着いて来てくれってバリカン片手に言うもんだから、仕方なく同行した。

 僕の記憶はそこで途絶えている……。

 つまり、そう言う事。


 さっさと盗撮の証拠を持って、警察に突き出すべきだった。

 まあ、死に際の記憶が無い事は救いなのかな?


 じゃあ、ここは天国?

 まあ、地獄には見えないし、別にどちらでも構わない。

 

 未練があるわけでもない。

 好きな人がいるわけでもないし、クラブ活動もしていなかった。

 目指す目標も無く、ただただ自分に与えられた役割を全うする。

 それこそが正しく生きる事なのだと僕は思っている。


 それはこれからも変わらない。

 与えられた役割を淡々と全うする。

 その為にも今やるべき事を明確にするだけだ。


 『アイドルプロデューサー』


 この世界で僕に与えられた役割だと解釈した。

 それなら成し遂げるまでだ。

 夢は大きく、この世界一のアイドルプロダクションでも目指してみよう。

 僕にそこまでの才覚があるのかと言われれば、自身は無いけど。


 とりあえず、道を辿って街の中へと入る。

 街並みは古いロンドンの様だし、行き交う人も多い。

 色々な人種の人が居て、どこの国か検討もつかない。


 それは良いとして、なんかすれ違う人達……小さくないか?

 見た感じは普通の人に見えるけど、平均的に身長が低い様に感じる。

 服装や建物は現代より少し文明レベルが低いくらいか……。

 

 まあ、人はどうあれ、観光に来ているわけじゃないんだ。

 まずは仕事を見つけて食事だけでもとれる様にしておきたい。

 住み込みで働ける場所があればいいんだけど、中学生の僕を雇ってくれる人なんているのだろうか?


 いや、待てよ。

 僕には能力があるんだ。

 この能力を使えばなんとかなるかもしれない。


 アイドルをプロデュースする。

 簡単な事では無いと思うけど、能力として持っているんだから使えはするはずだ。


 意識を向けると能力の使い方がより鮮明に脳裏に浮ぶ。

 アイドルとして契約が出来るのは一人。

 数うちゃ当たる作戦は使えないと言うわけか。

 それなら慎重に選ぶ必要がある。


 スカウトの経験なんて無いし、まずは都合の良い条件の人を探そう。

 出来れば、いまどん底にいて、僕が手を差し伸べなければ助からない様な人物がいい。

 むしろそう言う人じゃないと駄目だ。

 それ以外の人だと、現状『アイドルプロデューサー』の能力以外に出来る事がない僕にとっては都合が悪い。


 道行く人をチェックしていき、街の中を突き進む。

 二つ、気が付いた事がある。

 まず、明らかに見た目が日本人ではない人の言葉が聞き取れる。

 これも『アイドルプロデューサー』の能力で僕には言語の壁は無い。

 言葉に出そうと思えば、ここの言語を使えるのだと分かる。


 それに、看板の文字も見た事の無い文字なのに読める。

 頭の中で描きたい文字を浮かべれば自然と脳裏に文字が浮かんで来る。

 不思議な感覚だけど、そのうち慣れてくるだろう。

 

 もう一つは、集中して人を観察する。

 それだけで相手の能力を覗き見る事が出来る。

 と言っても、身体能力と魔法能力の二つだけが見える。

 何故その二つなのかは分からない。

 アイドルプロデューサーなら、歌唱力やトーク力、後はカリスマとか色々あると思うんだけど……。


 それに、魔法か……。

 どんなものか見ていないから何とも言えないけど、ここは僕の居た日本とは全く別の世界なんだ。

 よく見ると剣や槍、弓なんかの武器を持った人も多い。


 魔法が使えるのなら使ってみたいとは思うけど、使い方が分からない。

 アイドルプロデューサーの時と違い、魔法を使える自覚が無いから、使えるのなら覚える必要がありそうだ。

 スカウトしたアイドルが魔法を使えるなら教えて貰おう。

 

 ん? おかしな事に気が付いた。

 能力は今の所、元の世界で言うアルファベットに当てはまる文字でランク分けされているみたいだけど……。

 殆どの人がQ~Sの値で、魔法能力に関してはZの人もいる。

 Zの人が結構多いし、この値はAに近づく程強いと言う事だとすると、平均的に見て子供の方が高い?


 身体能力が大人より赤ん坊の方が高い訳が無いし、これって潜在的な能力を示しているのか?

 となると、即戦力が欲しい今、能力値を見定めた所で当てにはならないと言う事になる。

 潜在能力だけ高くても、それに伴う経験が無ければ実質使えないのと変わらないし、声を掛けるなら多少能力の値が低くても、経験豊富な大人が良さそうだな。


 すれ違う人、全てを観察しながら街の奥へと進む。

 ここは街の中心地だろうか?

 入り口の方とは違い、人込みが多くて身動きがとりずらい。


 露店なんかもあるし、繁華街の様に賑わっている。

 隅っこの方には物乞いも何人かいるし、この広場は都合が良い。


 広場をグルグル回り、物乞い達を遠目から観察しているとフードを目深に被った一人の物乞いに目を奪われる。

 ……身体能力K!!

 それに、魔法能力もLだ!


 この街に来て一番高い値だし、逸材だ!

 知らない人に声を掛けるのは緊張するけど、問題ない。

 僕はやると決めたらやる男だ。


 しかし焦らず、ここは慎重にアプローチして行こう。

 そうだな、僕はプロデューサーなわけだし、相応の振る舞いを心掛けよう。

 

 フードを目深に被った物乞いに近づき声を掛ける。


 「話が聞きたい」


 えっ!?

 今の声、誰だ!?

 ……僕?


 たった今、気が付いた事がある!

 僕の体……大人になっているぞ!?

 だからすれ違う人が小さく見えていたのか。


 身長も高くなって、声も大人の声に……。

 それに、今まで学生服だと思っていた服もスーツじゃないか!


 何これ?

 どうせ服装が変わるなら、周囲の人と同じ様な服装がよかった。

 スーツなんて場違いにもほどがある……。

 

 「何かご用ですかな?」


 そうだった!

 スカウトをしている途中だった。


 にしても……小柄な女性だと思って声を掛けたのに、この人……おばあちゃんじゃないか。

 小さくてガリガリで、見るからにアイドルとか出来そうにない。

 でも、魔法能力も高いしなんとか……なるのか?

 Lの値は比較的には高い……大丈夫だろう。

 背に腹は代えられないし、まずはこの老婆をスカウトしてみる。


 「物乞いをしている様だけど、切羽詰まっているの?」

 「ええ、見ての通りです。

  食事も三日は何も食べておりません。

  せめて、水だけでも頂けませんか……?」


 この人……結構まずいぞ?

 会話しただけで息切れしている。

 かなり切羽詰まっているのは間違いない。


 心苦しいけど僕にとっては好都合だ。

 さて、どうやって丸め込む?

 結局の所、自分で稼いで来て貰わないといけないし、そのうえ僕にも分け前を寄越せと提案する事になる。

 何はともあれまずは契約からか。


 「そうか、僕には特別な力があってね。

  君を僕にプロデュースさせてくれないか?」

 「……」


 やっぱり、お年寄りに対して〝君〟と呼ぶのはまずかったかな?

 僕なりにスカウトの時はこの言葉で格好良く決めたいと思っていたんだけど……。


 「プロデュース……?

  はて、何のことでしょうか?」


 良かった。

 別に気分を害して固まっていた訳じゃなかった。

 単純にこの世界には無い言葉だったんだと思う。

 それなら、アイドルも分からないか……。

 言葉を変える?

 いや、僕がこの世界にアイドルと言う概念を植え付ければいい。

 だとしても、今は分かりやすい言葉を使う方が無難かな。

 そうしないと、僕はただの変人と化してしまう。


 「簡潔に言えば、君を働ける体にする事が出来る。

  生き長らえたいと願うなら、僕について来て」

 「……働ける体に?

  あらやだ、嬉しいわ。

  どっこいしょ。

  それじゃあ、少し夢を見させてもらおうかね」


 物乞いは息が絶え絶えになりながらもファッファッファと笑って後を着いて来る。

 なんか、浮かれている感じ?

 もしかして、ナンパされたと思ってる?

 体を起こすだけでもしんどそうなのに……。

 

 それに、怪しいとは思わないのだろうか?

 いや、きっとそれだけ追い詰められているんだ。

 この先何があっても受け入れるくらいに……。


 ふん、フー♪ふん、フー♪と言う老婆の声が気になる。

 最初は突発的に発作でも起こったのかと思ったけど、息を切らしながらも鼻歌を歌ってる……陽気な性格なのだろうか?

 見ていて痛々しいな。


 僕が同じ立場だったらこんな風にはしていられないだろうに。

 まあ、若いと言うだけで、実際同じ立場になりそうだから笑えないんだけど……。


 腰も痛そうにしているし足も悪いのか引きずっている。

 僕の能力で回復してくれるといいんだけど……。


 人目に付かない路地裏へと入り、早速『アイドルプロデューサー』の能力を使って契約の手順を交わす。

 手順は至ってシンプル。

 僕が能力で出した契約書にサインしてもらうだけだ。

 契約書はサインして貰うと消えるけど、いつでも同じ物を出現させる事は出来る。

  

 「これでいいかい?」

 「うん、これで契約は成立した。

  驚かないでね」 


 『アイドルプロデューサー』には複数のスキルがあり、その一つに契約者の年齢を自在に変化させると言う能力がある。

 物乞いのおばあちゃんが光に包まれ、美しい美少女が姿を現した!


 「驚かないで」と言ったのは僕の方なのに、僕自身が驚かされてしまった。

 こんな綺麗な人は見た事が無い。

 

 パッサパサだった白髪も潤いのある綺麗な銀色の髪になり、しわしわだった肌も陶器の様に美しいハリのある肌になった。

 例えるなら絵本の中の妖精とか女神とか……。

 落ち着け、僕にはまだやる事が残っている。


 あとは……身に着けているボロボロの服だ。

 いくら本人が美人でもこんなボロを着ていては……いや、綺麗に見えるから不思議なもんだ。

 

 でもこのままじゃ駄目だ。

 僕は更にもう一つのスキルを使用する。

 契約者の身形を好きにコーディネート出来るスキル。


 ただし、専用の物になるので脱衣は出来ても売り払ったりは出来ない。

 一応出来なくはないけど、契約者から離れすぎると消滅してしまうので、詐欺になってしまう。

 それに、他人との共有も不可能。

 どう不可能かと言えば、他人が装備した瞬間に消滅してしまう。


 彼女にしたコーディネートは、真っ白なワンピースに淡い紫の縁取り。

 そしてレースの裾も付けて見た。

 腰には細剣を装備させてある。


 この剣は魔法の効果を高める能力もついているし、切れ味も店売りの物とは比べ物にならないくらいに鋭いはずだ。

 耐久性に関しては見た目通りだけど、スキルで作った物だからいつでも元通りに出来る。


 うん、アイドルが騎士になったらと言うイメージで作ってみたけど悪くない。

 というかこの人、本当に美人だな。

 僕が作った衣装じゃなくても、なんでも似合うんだと思う。


 物乞いだった人は、「はえー」っと口から声を漏らし、自分の手を握ったり開いたりして自身を観察している。

 

 「君は生まれ変わった。

  これからは、アイドルとして僕の元で働いて貰う。

  アイドルとしての名前を付けなければならないんだけど、名乗りたい名前はある?」

 「そうさねぇ。

  テレサなんてどうだい?」


 「サインした時の名前が確か、テレシアだったよね?

  あまり元の名前と変わらないけどいいの?

  せっかく生まれ変わったんだし、好きな名前にしてもいいんだよ?」

 「ええよ。

  別人になりたいわけでもないからねぇ」


 「わかった。

  それじゃあ、君はこれからテレサだ。

  後、若返ったんだし口調も若かった頃に戻した方が良い。

  ていうか、なんで態々おばあちゃんっぽく声をしわがれさせて喋ってるの?」


 テレサはニコリと笑みを浮かべ「よろしく」と返してくれた。


 契約が成立した事で分かった事だけど、ここから更に特殊能力を選んで付与する事が出来る。

 付与する事の出来るのは……僕の経験から得られた能力なのかな?

 テレサと相談して、付与できる能力を伝えると、彼女は探知能力を選んだ。


 これまでアイドル要素は何一つなかったけど、ここに来てようやくそれらしい能力の片鱗が見える。

 どうやらファンが付くとテレサの能力がアップするらしい。

 それに、契約した時点で潜在的な能力も上限まで解放される。

 素晴らしい能力である反面、子供なんかに使うのは少し考える必要があるのかもしれない能力になりそうだ。


 さて、これからどうやってお金を稼ぐかだけど……。

 それを考えるには、この世界の知識がなさすぎる。

 このままプロデューサーとして振る舞っていてもなんとかなりそうだけど、きっと打ち明けてしまった方が今後の活動がスムーズに行くと思った。

 だから僕はテレサに、今日あった出来事全てを打ち明けた。

 

 「それは大変だったね。

  でも、悪くないと思ってる?」

 「うん、悪くない。

  正直、今はやりがいって言うのかな?

  以前いた世界よりも生き甲斐を感じていると思う。

  まあ、当面は生活基盤を整える事が目標になると思うけどね。

  テレサは何かやりたい事とかってある?」


 「私はもう歳だからね。

  若い子が頑張ってるのを応援したいよ。

  てっとり早く稼ぐなら、冒険者ギルドに登録してダンジョンに潜るのが良いよ。

  今の私なら体も動くし、いくらでも稼いで来てあげる」


 そう言ったテレサは僕に向かってウインクして投げキッスをしてくれた。

 アイドル向きなのかな?

 僕は最初にして本当に逸材を引き当てたのかもしれない。


 「わかった。

  稼ぐのはテレサだし、丸投げになっちゃうけど、しばらくの間は全て任せるよ」

 「オーケー、任された!

  そうそう、ギルドに登録するならクラン名も決めておいた方がいいよ。

  自分達で決めておかないと後で勝手に変な名前を付けられるから。

  それと、そろそろ君の名前を教えて貰えるかな?」

 「ああ、ごめんね。

  僕の名前は太……いや、コゼットだ。

  プロデューサー、もしくはマスターと呼んでくれてもいい。

  クラン名はアイドルプロジェクトで行こう。

  そして、せっかくだし、アイドルプロジェクトをこの世界一のクランにしよう!」


 「アハハ、それいいね。

  世界一のクラン?

  それならこのフェルベールの街は、丁度良いかもしれないよ。

  何と言っても、世界で唯一の未踏破ダンジョンがある街だからね。

  踏破すれば世界一のクランと言っても差し支えない」

 「それは好都合だね!

  テレサ、頼りにしてるよ!」


 大きな夢を語った後だけど、テレサが飢え死にしそうなので、登録と仕事を貰いに早速ギルドへとやって来た。

 中へ入ると、ギルド内に居た全員の視線が一斉にこちらを捉える。

 注目されている。

 そりゃそうだ。


 テレサはすごく美人だし、服装もかなりこの辺りでは浮いている。

 僕の服装もここにいる人達は見慣れないだろうし、彼等の目には異国の貴族か何かに見えているんだろう。

 カウンターへ行き、受付のお姉さんに声を掛ける。


 「ダンジョンに潜りたいんだけど、まだギルドに加入していないんだ。

  だからその登録と、ついでに受けられる簡単な依頼があれば紹介して貰えるかな?」

 「っえ? 登録ですか?

  ああ、すいません。

  てっきり依頼をご要望されるのかと思っておりましたので……それでは、こちらにサインをお願い致します」


 テレサとの契約書の時もそうだったけど、明らかに書かれている文字は日本語じゃ無い。

 まあ、『アイドルプロデューサー』の能力のお陰で読み書きは問題ないけど。

 身分証の提示や、本人確認も無しか……。

 二人共偽名だけど、問題なさそうだ。


 「コゼットさんとテレサさんですね。

  それでは、ご挨拶が遅れましたが、私は受付をやっているメルナです。

  宜しくお願いしますね!

  ダンジョンに潜られると言う事でしたが、戦闘経験は十分におありでしょうか?」


 メルナさんか、良い人そうでよかった。

 僕とテレサは「こちらこそ宜しく」と笑顔で返した。


 それはともかく、戦闘経験か……。

 昆虫を捕まえた経験くらいしか僕には無いし、テレサに視線をやって代わりに答えてもらう。


 「確か第三階層に出現するモンスターはエルダースケルトンとリッチーだったね。

  それくらいなら私一人でも問題なく狩れる。

  群れて来ても二人なら対処可能だ」

 「本当ですか?

  二人でエルダースケルトンとリッチーの群れを倒せるとなると、ランクはゴールドクラス相当の実力ですよ?」


 ギルドランク。

 このギルドでは貢献度と実力によってランクが変動する。

 一番下から、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイアモンド、マスター、グランドマスターとなっている。


 メルナさんから聞いた話では、殆どの冒険者はゴールド未満。

 なので、ゴールド相当とは一般冒険者以上の実力があると言う事になる。

 それがどの程度なのか、僕には図る由も無いので、引き続きメルナさんの対応はテレサに任せる。


 「その通り! 私達にはそれだけの実力がある!

  ギルド証を発行してくれたら今日の内にドロップしたアイテムを売り払いに来るよ」

 「お元気な方ですね。

  わかりました。

  では、ギルド証を発行致しますので、この魔道具に手を当てて下さい」


 言われた通り、石板の様な魔道具の上に手を乗せると、石板が緑色に発光する。 

 よく分からないけど、人には固有の〝魔紋〟と言うのがあって、それで個人認証する事が出来るらしい。

 以前の世界で例えるなら、指紋や網膜もうまくによる個人認証と同じ様なものか。

 これで身分証代わりにもなる便利なギルド証が手に入ったと言うわけだけど……。


 「テレサさん……? 以前にも登録されて……えっ!? 80歳!?

  こちらの勘違いでしょうか?

  テレサさんの魔紋は、以前にも登録されて……しかもランクがダイアモンド!?」


 やっぱりそうなるよね。

 不安だけど、テレサが上手く誤魔化してくれる事を祈ろう。


 「ああ、テレシアの事だろう?

  私は彼女の生き写しと言われていてね。

  奇跡的に魔紋も一致しているのだ」


 一言も詰まる事無く言い切った!

 あらかじめ用意していたんだとは思うけど、もしかしてテレサって嘘を吐くのが上手なのかな?

 別の不安要素を目の当たりにしてしまった気分だ。


 「確かに遺伝で魔紋は似ると言う話しはありますが、全く同じと言う例は聞いた事がないですね。

  と言う事は、テレシアさんのお孫さんと言う事ですか?」

 「孫では無い。

  でも、血縁者で間違いないよ。

  それに、テレシアはもうこの世にはいないから、その魔紋は私だけのものだ。

  つまり、何の問題もない」


 「そうですか……わかりました。

  それでは新しくギルド証を発行させて頂きます。

  ですが……」


 メルナさんの顔が曇る。

 どうしたんだろう?

 面倒にならなければいいけど……。


 「テレシアさんは過去に素晴らしいご活躍をされていた方ですので、記録の抹消はギルドとしてはも不本意なんです。

  なので、表向きにはテレサさんで登録させて頂きますが、テレシアさんの記録をそのまま引き継いで貰えますか?」


 そう言う事か。

 きっとメルナさんは冒険者思いの良い人なんだろう。

 それで、テレシアの記録の抹消を躊躇ためらって、さっきは表情を曇らせたんだ。


 「こっちに支障は無いし、それで構わないよ」

 「有難うございます。

  それでは、発行に少し時間が掛かりますので、掛けてお待ちください。

  それと、ギルド証を無くされた場合は、再発行に7万ガネー掛かりますのでお気をつけ下さいね」


 しばらく待って、メルナさんからギルド証を受け取る。

 少し手間取ったけどテレサのギルド証も無事手に入った。

 メルナさんからダンジョンでの採取依頼も受け取り、ギルドの外へ出てダンジョンの方へと向かう。


 ダンジョンは街の中央にあり、経験者であるテレサが居るので不安はない……はずだ。 


 「テレサ?

  あの人達、なんでついて来てるの?

  一人は凄く大きいし……顔が怖いよ?」

 「ギルドに居た奴等だね」


 「もしかして、尾行されてる?」

 「そうだね。

  でも、ダンジョンまでは問題ない。

  厳重な警備体制が敷かれているからね」


 フェルベールの街は、シーンヴィアス帝国がダンジョンの為に作った街なので、ダンジョン周辺にはモンスターが出て来ても対処できるだけの警備網が敷かれている。

 トラブルの際は、すぐにシーンヴィアス帝国直轄の警備兵が駆けつけるので治安はかなり強固に守られている。


 「つまり、ダンジョン内では?」

 「さてね?

  ダンジョン内は無法地帯。

  助け合いも行われるけど、争いも無いわけじゃない。

  といっても、争いを起こす様な奴は警戒されるし、そう言う奴はダンジョン内に居場所もなくなって自滅するしかないからね。

  争いなんて滅多に起こらないから安心して。

  少し緊張してる? 怖い?」


 「正直に言っていい?」

 「勿論」


 「怖いよ。

  素手ならともかく、武器を持った人間もモンスターも怖いよ。

  見た目が大人になったし、プロデューサーだからそれらしく振る舞っていたいけど、正直逃げ出したいくらいだ」

 「フフ、じゃあアドバイス。

  今日、君は大きな成功を体験する。

  経験を得る事で君は、私のマスターとして相応しい成長が出来るチャンスを得られる。

  毅然きぜんとして立ち向かいなさい。

  それが君の、この世界での第一歩なのだから」


 成程、勇気づけられるってこういう気持ちになるのか。

 少し涙がまぶたに浮かぶ。

 これって情けない感じなのかな?

 僕はまぶたに溜まった涙を指で拭って、弾いた。


 「ありがとう。

  信じてるよ、テレサ!」


 ダンジョンに辿り着いたので、門番をしている警備兵にギルド証を呈示ていじし、ダンジョンの中へと通して貰った。


 入り口は地下への入り口みたいに扉で閉ざされ、中に入るとひんやりとした湿っぽい空気が纏わりついてくる。

 雨が降り出した時の様な土の匂いと、苔とカビの匂いで少し咽たけど、先へ進むにつれて気にならなくなった。


 「付与して貰った探知能力……これ、いいね」

 「そう? どんな感じ?」


 「半径10メートル以内にある動く物は全部わかるよ。

  生物かそうでないかもね」

 「トラップなんかも識別できそう?」


 「危険そうな場所は近づけば判別できると思う。

  ただ、どんなトラップなのかまでは分からないし、解除には専用のスキルなんかあった方がいいかもしれないね」

 「なるほど、専用のスキルか……。

  自力で解除するのは難しい?」


 「どんなトラップなのかを把握すれば出来るけど、人の多い階層にトラップは無いし、今は安心していいよ」

 「人の少ない所にはあるのか……。

  見つけたら解除する所を見せて貰えるかな?

  経験として身に付けたい」


 「良い心がけだ。

  それよりも……」


 テレサは僕に近づき、小声で「じれったいねぇ」と耳元で囁いた。

 なんの事かと思ったけど、ダンジョン内でまだ人と出会っていない。

 たぶん、テレサは探知能力を使って人気の無い方へと進んでいる。

 つまり、ギルドから尾行して来ている奴等を誘っているのか。


 ギルドで第三階層のモンスター相手なら対応できる。

 そんな話をしていたから、たぶんその辺りで何かしてくるのかもしれない。

 テレサに指を三本立てて首を傾げてみると、オッケーサインで答えてくれた。


 全く人とは合わずに第二階層への階段を下る。

 第一階層は洞窟の様な場所だったけど、ここは古びた遺跡の様だ。

 苔だらけの石壁に覆われているけど、地面は人が歩くせいか殆ど苔が生えていない。


 「そろそろ戦闘に入る。

  君は後ろの気配にだけ気を付けて」

 「うん、わかった」


 ついに戦闘か……。

 緊張のあまり胸が締め付けられる。

 だけど表には出さない。

 僕はテレサのプロデューサーだから。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る