第10話


 麻倉の運転で訪れたのは、南井が亡くなったとされる交差点だった。失踪した生徒のいる小学校や例の林からは程近い場所で、横断歩道を渡ろうとしたときに心臓発作を起こして死亡したと見られている。


 到着早々に、嘉内は込み上げる吐き気を堪えようと口元を抑えた。  

 交差点は穢れが溜まりすぎて、もはや瘴気しょうきと言っても過言ではないほどに汚染された空間に成り果てていた。これでは多少でも霊感などがある者はすぐに当てられてしまうだろう。それに瘴気が渦巻く場所は、悪い気や怪異なども引き寄せやすく事件事故が起こりやすい。実際南井の死後、この交差点では立て続けに死亡事故が二件ほど起こっている。



「ここ、こんなに穢れが酷いなんて聞いたことなかったんですけど……。嘉内さん大丈夫ですか?」



 穢れに鈍いはずの麻倉ですら感じ取れるほどの瘴気に嘉内が当てられるのは当然で、血の気の引いた顔で力無く首を横に振る。麻倉が居るのでギリギリ立っていられているが、もし一人ならみっともなく嘔吐してその場に倒れ込んでいただろう。

 麻倉は嘉内の酷い顔色を見て一度ゆっくりと深呼吸をすると、静かに言葉を紡ぐ。



はらたまい、きよめ給え、かむながら守り給い、さきわえ給え」



 心地よい低音で紡がれるとなえことばは、渦巻く瘴気を少しずつ浄化していく。麻倉を中心として円のように浄化された空間は次第に交差点全体に広がり、先程まで瘴気が渦舞いていたとは思えないほどの清々しい空間が広がっていた。

 最後に仕上げと言わんばかりに嘉内の背中を軽く二回ほど叩けば、嘉内の顔色も徐々に赤みを取り戻していく。



「……はぁ、助かった。すまんな」


「いえ。もう大丈夫ですか?」


「万全とは言い難いが先程よりは随分マシだな。というかいつの間に略拝詞りゃくはいしなんて覚えたんだ」


「昨日YouTubeで動画見ました」


「……最近はすごいんだな」



 麻倉からの思わぬ回答に複雑そうな顔をする嘉内は、もう軽口を叩けるまでに回復していた。胸中の気持ち悪さはまだまだ拭えないが、それも時期に麻倉の近くにいることで消えていくだろう。


 先程瘴気に当てられながらもお守りの穢れと同様の気配を感じ取れた嘉内は、やはり南井はこの穢れの持ち主に殺されたのだろうと確信する。当てられやすい体質だが、細かな気配も感じ取り、確認できるのは調査をするのに役立つのだから一長一短な体質だなと内心でため息を吐く。

 とはいえ、これで南井が単なる心臓発作で亡くなったわけではなさそうだと分かったからには、亡くなった時の状況の話を聞きたいところだ。ちょうどこの交差点には花屋があるため、聞き込みを行うことが出来た。



「あぁ、南井さん?うちにもよく来てくれてて、あの日は何も買わなかったけど、信号待ちの時間で少し話してたのよねぇ。信号が変わったから行くわー、ってお別れした直後だったかしら。南井さんが何か落とし物をしたから声をかけたんだけど、その後すぐに急に苦しみ始めてねぇ……。駆け寄って慌てて救急車を呼んだけどもう到着した時にはもう……」


「大変な場面に遭遇されたのですね……。南井さんがお亡くなりになる時、何か変わったことはありましたか?」


「変わったこと? あー……、苦しみながら交差点の向こうを目を見開いて見つめてたかしら? 誰かが居たとかじゃなかったと思うんだけど、そっちを見ながら『なんで』って言ったのよねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る