第9話

 翌日、嘉内と麻倉が訪れていたのは都内にある、ある神社だった。

 

 昨日陣内に依頼した追加の分析にてこの神社でまつっている御祭神ごさいじんの痕跡が見つかり、且つ麻倉の調べでお守りの持ち主である故人、南井清三みないせいぞうが生前この神社に度々足を運んでいたということが判明したことで、嘉内はあのお守りがここで作られたのではないかと当たりをつけた。

 急な来訪にも関わらず宮司ぐうじはにこやかに対応してくれたが、麻倉が懐からお守りを取り出せば、宮司の顔が一気に険しくなった。 



「それは、南井さんのお守りですね?」


「わかりますか」



 まともに見せてもいないのに確信を持って言い当てた宮司は、難しい顔をしながら頷く。



「先日、息子さんがこのお守りのお焚き上げをして欲しいと訪ねられましたが、お断りしました」 


「それは、この穢れの強さが原因ですか?」



 宮司は嘉内の言葉に僅かに目を見開き、少しばかり躊躇いながらも口を開く。



「……刑事さんは、そういうものを理解されていると、考えてよろしいのでしょうか?」


「私たちの部署はそれを専門で取り扱ってますので、大丈夫ですよ」



 よろしければ、と嘉内が差し出した名刺に記載された所属を見て、なるほど、と小さく呟く。



「同業者より噂は聞いたことがありましたが、まさか実在するとは」


「まぁ普通は信じられないですよね、警視庁にこんな部署があるなんて」



 肩を竦めて苦笑した嘉内と同意するように深く頷く麻倉の様子を見て、僅かに宮司の顔が和らいだ。



「刑事さんの仰る通り、お焚き上げをお断りしたのはその穢れが原因です。生前お持ちになられていたものはここまで穢れていなかったのですが……」


「最後にこのお守りを確認されたのはいつでしょう?」


「三ヶ月くらいは前でしょうか。これは元々先代の宮司である父と、先々代の祖父が作成したもので、年に一度はこちらで再度力を込めていました」


「通常、お守りは一年経ったらお焚き上げしてもらうことが多いと思うのですが」


「こちらは先代と先々代の特製でして、先代も二度と同じものは作れないと申しておりました。故に、こちらはお焚き上げの代わりに毎年お祓いをし、御神璽ごしんじ御霊入みたまいれをしてお返ししておりました」


「ちなみに、これはいつ頃作られたものかは分かりますか?」


「確か……、六十年ほど前と聞きました」



 六十年、その数字に聞き覚えがあった嘉内と麻倉は思わず顔を見合わせた。あの失踪事件の始まりも、六十年前からだったからだ。

 やはりこのお守りが作られたことと失踪事件には何か関わりがある、そう確信した嘉内は宮司に対して最後にもう一つ尋ねた。



「これが作られた理由については、何かご存知でしょうか?」


「私も先代に尋ねたことがありましたが、詳しくは……。ただ、このお守りが南井さんの生命線だから絶対に年一回は持ってこさせろと、先代が亡くなる前に強く言い聞かされました。正直、そんなお守りがあんなに穢れるなんて信じられないですし、怖いですよ」



 話をきかせてもらった宮司に礼を言い神社を後にした二人は、駐車していた車に乗り込むと深いため息を吐いた。



「嘉内さんの考えが当たりましたね」


「当たったが喜んでいいのかわからん。厄介な相手だろうとは思っていたが想像以上かもな。ここの神社、結構有名なとこだぞ。そんなとこの宮司が三代に渡って力を注いだ力作のお守りがあんなに穢れるなんて相当だ」



 助手席で天を仰いだ嘉内は、眉間に皺を寄せてそう答えた。生命線とまで言われたお守りだ、それはもう相当な力を注ぎ込んで作成したのだろう。先代宮司が再現不可というぐらいなのだから、もしかしたら先々代は余程能力が高かったのかもしれない。


 それでも、年月が経ち綻びが生まれてしまったのかお守りは穢れ、所持していた南井清三はそれが原因かは不明だが亡くなっている。

 不審死ではなく普通の心臓麻痺で亡くなった為、遺体は検視や解剖などはされず既に火葬されているので、遺体から穢れの痕跡を見つけることは不可能だ。一応持病や基礎疾患などはなかったようだが、年齢も年齢だったため詳しくは調べられなかったらしい。


 だが、あれほどの穢れがお守りに残っているのだ。もし穢れが死因に関係しているのであれば、南井清三が亡くなった現場にまだ穢れが残っているかもしれない。そう考えた嘉内はハンドルを握る麻倉に、次の目的地の場所を告げた。

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