第22話 少女遊戯

「ナオミ? いるか?」


 Cブロックに来たが、そこは無人だった。用事でもあったらしい。


「あれ? 鳴海、先輩。どうしたん、ですか?」


 河合が奥から出てきた。


「ああ。いや、こいつが出掛けたいってせがむんでな。大丈夫か聞きに来たんだ」


「そう、でしたか。今、ナオミ、先輩は、下で会議中で……」


「時間、かかりそうか?」


「はい、多分。私では、許可、出せなくって、ごめんなさい」


「いや、河合が謝ることじゃない」


「あ、氷川、先輩なら、大丈夫だと思います」


「氷川? あいつも会議じゃないのか?」


「いえ、今日は、お休みのはず、です。ナオミ、先輩が、休めって、厳命していたので」


「そうか。わかった。ありがとう」


「いえ。気を付けて、いってきてください、ね」


「シオリン☆ バイバイ☆ カメラ、ありがとう~☆」


「うん。デイジー、ちゃんも、いってらっしゃい」


 河合の言に従い、俺たちは氷川を捜し始めた。氷川はBブロックで、相変わらず仕事をしていた。


「氷川、ちょっといいか」


「あ、鳴海にデイジーちゃん。どうしたの?」


「マコピー☆ こんにちはぁ☆」


「こんにちは、デイジーちゃん。今日も元気だね」


「お前、休みじゃないのか」


「何もしていないと、どうも落ち着かなくてね……。それで、どうしたの?」


「まあ、平たい話が許可を取りに来た。こいつが出かけたいらしいんだが、起きたばっかりだろ? 一応、聞いた方がいいと思ってな」


「ああ。そういうこと。う~ん、どうだろうね」


「ダメ……? マコピー☆」


「あまり推奨はできないかな。無理しない方がいいと思うよ、デイジーちゃん」


「でもぉ……」


「じゃあ、氷川。お前同伴ならどうだ?」


「僕?」


「ああ。お前なら、万が一の時にも色々わかるだろ。それに、ここで働いてたってナオミが知ったらまたどやされるぞ」


「それを出されると弱いな。わかった、僕も行くよ。それなら大丈夫だと思う」


「やった~~☆」


 こうして俺たち三人は地下へと降りた。そこには、現存する交通インフラの中でも主要なものとなった、地下鉄の乗り場がある。


 地下鉄はシェルター同士をつなぐのみならず、各地の多くの施設とも直結している。飛行機や船が満足に利用できない現在、時間はかかるが比較的安全な地下鉄は多くの利用者を乗せていた。


 その地下鉄に揺られること三十分。俺たちは『遊技場前駅』で下車した。


「わ~~~☆」


 降りるなり、デイジーは目を輝かせている。この駅は名前にもある通り、遊技場に直結している。地下に作られた娯楽施設の一つであり、かつては会員制のクラブだったが、現在では政府が借り上げ、広い年代層に向けて一般開放している。


 こんなご時世だからなのか、たまの息抜きにと、多くの利用者がやってきていた。


「あんまりはしゃぐなよ」


 一応、デイジーに釘を差す。


「でもでも☆ 楽しそうだよ~~☆」


「まあ鳴海、いいじゃない。初めて来たんだから、デイジーちゃんに付き合ってあげなよ」


「仕方がないか……」


「僕は飲み物でも買ってくるよ」


 氷川が行ってしまうと、デイジーは興味深そうに周囲に目をやった。


「ね~☆ あれなに~?」


「麻雀」


「あれは~?」


「スロット」


「じゃあ、あれは~?」


「あーもう、うるさい。ほら、何でもいいから遊んでこい」


 このままでは永遠にデイジーの問答に付き合わされそうなので、現金を遊戯用のメダルに換算して渡してやる。


「どーやって遊ぶの?」


「お前、本当に何も知らないんだな……。わかった、じゃあ麻雀にしよう。これならお前みたいなやつでも運よく勝てるかもしれん」


 椅子に座らせたデイジーの横からメダルを入れ、プレイさせてやる。


「どーやったら勝ち?」


「絵柄が何となく揃えばいい。絵柄の個数が数で1から9まで。9から1は循環しない。それ以外は3個で1セット。最初はどうでもいいから、3個セット4つと2個セット2つを揃えてみろ」


「う~ナルミン、いっぺんに言われてもわかんない……」


「わからなくていい。最初はそんなもんだ」


「あっ、何か書いてある」


「ん?」


「あまかず……? ナルミン、あまかずさんってだあれ?」


「なっ……」


 俺も学校にいた時分は随分麻雀に興じたが、実際に見るのは初めてだった。


「ナルミ~ン☆ ねえってば☆ あまかずってなあに?」


「あのな……それはテンホーって読むんだ」


「てんほー?」


「お前の勝ちってこと」


「え~? でも、私なんにもしてないよ?」


「これはそういうもんなんだ。ほら、次始まるぞ」


「わわっ☆」


 親番だったこともあり、東一局から大幅なリードを得たデイジーは、慌てて画面に向き直る。


「お団子さ~ん☆ お団子さ~ん☆」


 何やら妙な歌を歌いながら、デイジーは慣れない手つきで牌を入れ替えていく。


 単なる染め手かと思っていたが、そんな生易しいものではなく、数巡後の画面にはでかでかと“一色双龍会イーソーシャンロンフィ”の字が浮かんだ。


「ナルミ~ン、何か終わっちゃった……私、ヘンなことしちゃったのかなあ?」


「まあ変と言えば変だな」


「?」


 東一局二本場で終了という急ピッチで麻雀は終わってしまった。ゲームというよりも一方的な暴力を見せつけられているようだった。


 ビギナーズラック、とは言うが、ここまで極端だと操作や接待を疑うレベルだ。


「ぶ~☆ つまんなあい……もう終わっちゃった」


「デイジーちゃん、どうだい?」


 遊びごたえのなさにデイジーがぶーぶー言っているところに氷川が戻ってきた。


「氷川、こいつとは賭けはするなよ」


「どういうこと、鳴海?」


「こいつ東一局で対面ハコワレさせやがった」


「ああ……それは……」


「マコピー……私、下手っぴ?」


「いや、そんなことないよデイジーちゃん。強すぎるんだよ」


「そうなの?」


「うん。でも、終わったならちょうどよかった。はい、飲み物。鳴海も」


「わ~☆ ありがとう☆」


「悪いな。いくらだった?」


「いいよ、そのくらい。デイジーちゃんも楽しそうだしね」


「そうか、ならここは甘える。今度何か奢る」


「鳴海は義理堅いなあ。さて……僕も久しぶりに遊んでみようかな」


 自分の分の飲み物を一口啜ると、氷川はスロットに興じ始めた。昔から氷川はこの手の場所ではスロットばかりやっていたが、今も変わらないらしい。


 以前、なんでスロットばかり……と尋ねたことがあったが、『無心でできるからね』と氷川は笑って答えた。氷川のように考えすぎる奴には、遊びくらいは考えずにできたほうが良いのかもしれない。


「ほへ~☆」


 くるくると回るリールが物珍しいのか、デイジーは氷川の傍に突っ立ってアホ面をしていた。御守りから解放された俺は、ぶらぶらと遊技場を見て回る。


 これまでじっくり眺めたことはなかったが、流石に元の施設がよかったのか、アナログなゲームも目に付く。と、そこに、見慣れた姿があった。


「おっ、鳴海」


「ん? お前も来てたのか」


 一人きり、台にもたれかかりながらキューの先にチョークを擦り付けていたのは、ナオミだった。


「偶然じゃないか。鳴海も息抜きに来たのか?」


「まあ、そんなところだ。お前もここに来るんだな」


「普段は来ないよ。今日はなんとなく、な。丁度いい、一ゲームどうだ? 一人でちまちま撞くのも飽きてたんだ」


「ああ。ルールは?」


「ナインボール。潔く一発勝負といこうじゃないか」


「手っ取り早いな。それでいいぞ」


 話しながらナオミが球を並べていく。思えば、こいつと遊技場で会うのは初めてだ。


 昔は方々遊びまわったものだが、ビリヤードは二人でやったことがなかった。こいつの腕前がどんなものか、一つ試してやろう。


「ナオミ、お前、初心者か? ハンデつけてやろうか?」


「ご挨拶だな。鳴海、お前こそいいのか? ノーハンデじゃ私に負けて、デイジーに慰めてもらうことになるぞ」


「言ってろ」


 バンキングの結果、先行は俺になった。少し斜めの位置に球を置き、意識を集中する。


 撞かれた球は勢いよく的球を散らす。そのうち二つが入り、ひとまずの出だしは上々だ。


「鳴海、何か賭けるか?」


 移動する俺にナオミが声を掛ける。


「ああ、いいぞ。俺が勝ったら……そうだな。今度何か奢ってもらう」


 適当に答えて、再度撞く。好位置にあった一番と三番の的球を落とし、俺が再びキューを握る。


 四番が落下してしまっていたので五番を狙うが、今度は位置が悪かったのか少しそれてしまった。


「私の番だな」


 交代して、ナオミがキューを構えた。なるほど、さっきのは虚勢ではなかったらしい。なかなか構えが板についていた。


 カッと小気味のいい音が響いて、五番と七番が沈められた。次いで六番に狙いを定める。どうやら九番を沈めるつもりらしい。難しい位置だが、入らないこともなさそうだ。


 鋭い目のナオミが、手球を飛ばす。六番には綺麗に当たったが、お目当ての九番は僅かに遠い。結局、的球を散らしただけで俺の番になった。


「これなら……」


 手始めに六番。次いで七、八番も沈めて残りは九番のみ。


「悪いが貰うぞ」


 位置は悪くない。これでタダ飯はいただきだ。


「外すなよ? 私が勝ったら、鳴海には私と結婚してもらうからな」


「はっ!? 何言ってんだお前?」


 およそナオミからは発せられないであろう単語に、俺は反射的に構えを解く。


「ほら凡ミス。情けないなあ、鳴海」


 見ると、構えたキューの先が僅かに掠ってしまったらしく、手球が動いていた。


「お前……紳士的なスポーツにおいてなんつーことをするんだよ……」


「悪いが私は淑女でね。紳士の世界には疎いのさ。そういうわけだ、そこで眺めていろ。美しい淑女様が手本を見せてやる」


 ナオミは落ち着いた様子で手球を撞く。無情にも九番は穴へと吸い込まれていった。


「さて、と。私の勝ちだな、旦那様?」


「おい、さっきのは……」


「なんてな、ま、これで勘弁してやろう」


 ナオミの手には、俺の秘蔵の煙草があった。いつの間にかくすねていたらしい。


「油断も隙もないヤツ……」


「脇が甘いぞ、旦那様。これでは私の伴侶としては失格だな」


「ちっ」


「まあ、貸しにしておいてやる。いつでもリベンジにくるといい。『ナルミン☆』くん?」


「……!」




 ――その日、遊技場の清掃担当者の男は、奇怪な光景を見た。閉場まで、何かに憑かれたかのように血走った目で、一人きりナインボールに興じる男がいたのだという。

 あれは何かに燃える漢の目をしていた、と清掃担当者は語った。

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