第21話 少女贈呈

「うん、問題ないようだな。もう起きてもいいぞ」


 戻ってきたナオミが検査を終え、デイジーに促す。


「なあ、こいつ、大丈夫なのか?」


「ああ。調べたところでは不具合は見つからなかった。まあ、今日くらいは大事を取ってここにいてもらうがな」


「そうか……」


「よかったな、鳴海。デイジー、こいつはよっぽど心配だったようだぞ。『よければ、様子を見たいんだが、構わないか?』なんて言って、ずっとここにいたんだから」


「そうなの? ナルミン……☆」


「違う。同室のよしみだ。一緒にいる奴の具合くらい、誰でも心配になるだろ。ナオミも、余計なこと吹き込むなよ」


「余計、ねえ……」


「私……感動☆」


「勘当? デイジー、お前、無心でもしたか?」


「そっちじゃな~~~い!! んもう☆」


「まあ、よかったんじゃないか。お前が寝たきりっていうのは、どうも調子が狂うからな」


「私と一緒にいたいってことなんだね☆」


「枯れ木も山のなんとやらと言うからな」


「ナオミ~ン☆ ナルミンがいぢめるぅ☆」


「大丈夫だ。鳴海は照れてるだけだから」


 元気そうなデイジーを見届けたので、俺は自室に戻る。


 昨日同様、がらんとした空間ではあったが、明日にはまた賑やかになる。その事実がどこか嬉しい。


 やがて穏やかな眠りが訪れ、朝がやってきた。


「ナ・ル・ミ・ン……☆」


「爽やかさとは程遠い朝がやってきた……」


「あー! 口に出てるよぉ☆」


「もういいのか」


 目覚めたばかりの俺を覗き込んでいたデイジーに尋ねる。時計はいつもの起床時刻より十分ほど前を示していた。


「うん☆ ナオミンのお墨付き~☆」


「そうか」


 本調子にならない頭のまま、顔を洗いに立った。後ろにはひょこひょことデイジーが付いてくる。


「ねね☆ 今日はどうするの?」


「休みだ」


「どこか行かないの?」


「飯食ったら寝る」


「ね~、どこか連れてってよぉ☆ お休みなのに引きこもってたんじゃダメだよ~☆」


「お前も大人しくしてろ。病み上がり……とは少し違うだろうが」


「う~~~~☆」


「唸るな、寝起きの頭に響く」


「いいもん、それなら私も考えがあるもんね☆」


「なんだよ」


「ふっふっふっ~☆」


 不敵な笑みとともに、デイジーが後ろ手に隠していたものを取り出す。どうやらカメラらしかった。


「これで~さっきナルミンの寝顔撮っちゃったもんね~☆」


「おい」


「その他にも、あ~んな写真やこ~んな写真まで……きゃっ☆ みんなナオミンに見せちゃおうかな~☆」


「わかった、俺の負けだ。やめろ」


「わ~い☆」


 ナオミが見たら、さぞかし冷やかしの種にするだろう。ここは大人しく引き下がった方がよさそうだ。


「ところでそれ、どうしたんだ? そんなもん持ってなかっただろ」


「これ? シオリンがくれたんだよ☆ 『おさがり、だけど、よかったら』って☆」


「河合はよく気の付くやつだな」


 そこで、俺も置きっぱなしの箱を思い出した。そういえば、渡しそびれていたのだった。


 しかし、いざ渡すとなると、どう切り出したものかわからない。改まって渡すほどのものでもないので気張る必要はないのだが。


「ナルミン、これなに~?」


 ……当人がその箱を摘まみ上げていた。


「それ、お前にやる」


「えっ……☆」


「俺が持ってても仕方ないからな」


「貰っていいの?」


「ああ。別に高いもんでもないから、気に食わなかったら捨てろ」


 デイジーが慎重に包み紙を取っていく。蓋を外すと、箱の中から女物の腕時計が顔を出した。


「わ~☆ 腕時計だぁ☆」


「出歩いてて時間がわからないと不便だろ」


「ナルミン……☆」


「ん?」


「ぎゅ~~~~☆」


「むさくるしい。離れろってのっ、このっ」


 感動を抱き着きで表現するデイジーを引きはがす。いちいちオーバーな奴だ。


「貸せ。時間合わせてやる」


 軽く振ってゼンマイを巻き上げてやると、秒針は息を吹き返したかのように動き出す。


 龍頭を軽く引き、日付を合わせる。それから秒針を止めて、時刻も合わせた。


「ほら、巻いてみろ」


 返してやると、デイジーは黒い革のベルトをぎこちない手つきで巻き付けていった。


「これでいいの?」


「どれ……少しキツイな。穴一つ緩めろ」


「うん」


 デイジーの色白で細い手首に、黒がよく映えた。


 本当はあいつにやるはずだったプレゼント。ちょうど、目の前のデイジーと同じくらいの年頃だった。


「うん。これならいいだろ」


「わ~☆」


「巻いてれば勝手にゼンマイが巻き上がるようになってる。日差があるから、たまに調整しろよ」


「うん☆ あれっ、これってな~に?」


「ああ。そりゃムーンフェイズだ。昔の時計職人が作った、月齢がわかる仕掛けだ」


「お月さま?」


「そう。最も、今は見えないけどな」


「じゃあ、見れるようになったら一緒に見に行こうね☆」


「考えとく」


「え~~☆」


「ほら。つけ終わったなら行くぞ。出かけるんだろ。出てもいいか聞きに行ってやる」


「あ~ん、待ってよ~☆」


 物珍し気に時計を見ながら、デイジーが付いてくる。


「あげちまって、よかったよな」


 今はいないあいつに向けて呟く。あいつが笑った気がした。

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