06 メアリ、勇気を出す







 コーザとの食事は、意外にも会話がはずんだ。

 天界で過ごす時間が長いメアリにとって、コーザの話はなにもかもが新鮮だった。


 話がはずみすぎて、言うべきことを言えないまま、食後のお茶も飲み終わってしまった。

 なんとなく、気まずい空気が流れる。


「暗くなったし、家まで送ろうか?」

「いえ、あの、家までは……大丈夫です。ひとりで、帰れます」

「そうか」


 送ってもらうわけにはいかないので断ると、コーザは寂しそうに笑顔をつくった。


(ダメ、これじゃただご飯を食べさせてもらっただけじゃない……!!)


 メアリは心臓の鼓動を打ち鳴らしながら、ガタッと椅子から立ち上がった。


「あの、今度! 私と……で、デート、しませんか!?」

「デっ……!!」


 コーザの表情を見て、間違えた、と気付いたがもう遅かった。

 その反応がドン引きなのか驚きなのか判別はつかなかったけれど、コーザは顔を真っ赤にしている。


「あれ?! あの、違うんです!

 そういうアレじゃなくて、いや、アレなんですけど、その……」


 もうなにを言っても手遅れだということは、さすがのメアリもわかっていた。


「こ、コーザさんと、もっと仲良くなりたいと言いますか……!!」


 結局メアリの口から出たのは、なんの取り繕いもない、本音だった。


 一瞬の沈黙が、部屋にただよう。

 コーザは小さく息を吐き、あいかわらず頬を染めたまま、言葉を並べる。


「その……俺は身寄りもなにもない、しがない農夫だ。

 きみとはきっと身分も違う。

 だからきみと俺とでは、まったく釣り合わないと思うが……」


 コーザの言葉の意味は、すぐには理解できなかった。


 けれど、じっくりと言葉を噛み締めるうちに、やんわりとした拒否であることに気が付いた。


「……そ、う……ですか」


 胸がずくずくと痛む。

 痛みは鎖骨をたどり、肩や首すじまでひろがった。


 たしかに、身分どころか素性も明かせないような相手とデートだなんて、ふつうは考えられないだろう。


(お互いを知ることすら、許されないのは、すこし……すごく、残念だわ)


 これが恋だというのなら、なんていたくて、せつなくて、かなしいんだろう。

 メアリは泣きそうになるのを、必死で我慢した。


 するとコーザは、がしがしと頭を掻いて、言う。


「あー……ごめん、そうじゃない。身分違い云々うんぬんよりも、その……」


 テーブルに肘をついたまま、控えめに手で口元を覆い。

 メアリからわざと、視線を外しながら。


「メアリが……俺とは釣り合わないくらい、み、魅力的……だから。

 それで引け目を感じてる、だけだ」


 耳まで真っ赤になりながらコーザが語った言葉に、メアリの全身の熱がざぁっと上がる。

 メアリも真っ赤になり、あわあわと唇をふるわせた。


「みっ……み、み、魅力的、ですか?」

「……そうだ」


 そしてコーザも立ち上がり、控えめな仕草でメアリの手をとった。


「メアリが良いなら、ぜひ……デート、しよう」


 コーザの赤い瞳が、きらきらと、かがやく。

 噴火しそうなほどの高熱におかされながら、メアリはなんとか、うんうんと頷いた。








 ◇◇◇


 ところ変わって、ここは魔界の総本部の一室。

 ディドウィルはそこで、酒をあおっていた。


「オイ」

「はい、なんでございましょう? ディドウィル様」


 大魔神の三番目の息子、魔神・ディドウィル。

 不機嫌そうに鼻を鳴らし、側近の魔人を呼び寄せる。


「最近やけに、水星の大地メルクリウス・ノアが潤ってないか?」


 ディドウィルは、水星の大地メルクリウス・ノアを中心に魔界の領域の拡大を図っていた。


 加護が少なく攻め入りやすいから、というのは建前で、意中の相手であるメアリに近づきたいというのが本音だった。


 すると、側近は気まずそうにコホン、と咳払いをする。


「それが……と、もっぱらの噂でして……」

「なっ、メアリが……っ!?」


 ディドウィルは驚き、その反動でワイングラスを握りつぶした。


「しかも相手は、人間だって噂です」

「にっ…………!!」


 ディドウィルは、身体の内側から怒りがこみあげてくるのを感じた。


(これまでのオレの努力を、踏みにじる気か……!?)


 メアリがお見合いをしたと聞けば邪魔をし、メアリを好きな男神をことごとく追い払ってきた。

 そうして数千年という長きにわたり、ディドウィルはメアリに愛を伝えてきたのだ。


 それを、たかだか数十年生きただけの人間に奪い去られるなど、到底承服できるはずがなかった。


 ディドウィルはザッと立ち上がると、「出てくる」とだけ言い捨て、魔界から姿を消した。

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