09 夜のとばり
「最近、お二人はとってもなかよしさんですわね!」
アンがにこにこしながらシルフィールの髪を梳いた。なかよしさん。そんな可愛げのある関係だっただろうか、と首を傾げながら「まあ……」と肯定に近い相槌を打った。
「ルイ様はあれほど浮かれている姿は初めて見ました。よほどシルフィール様のことを気に入っておられるんです」
「食料としてじゃなくて?」
冗談めかせて口にすると、アンが「シルフィール様だってわかっていますよね」とため息を吐いた。
「どうしてご自身を卑下なさるのです。シルフィール様はこのローズレイ家にとって最初から特別な存在でしたよ」
「それを言うならアンだって特別でしょう」
誰かにとって、誰かは特別な存在になり得るのだ。ルイに出会ってそんな当たり前のことに気付いた。いままでのシルフィールはただの「メイド」でしかなかったから。いなくなれば補充すればいい、ただそれだけの存在。
ローズレイ家のひとたちは、道具としてではなく替えの利かない「シルフィール」を見てくれる。それがなんだかすごく嬉しくて、胸がぎゅうっと熱くなる。
「私にとって、アンは特別だよ」
「シルフィール様……っ」
感極まったようなアンが可愛らしかったので、ちょっとした悪戯心がむくむくと沸いてきた。
「カトルにとっても、特別なんだろうなとは思うけど」
「……なっ⁉」
カトルとアンがそういう「特別」な関係にあることをなんとなく察していた。ふたりの目と目があった瞬間に、じわりと滲む優しさのようなものが見えるのだ。
そう口にすると明らかにアンが動揺していた。手にしていた櫛を取り落す始末である。
「おほほ、失礼いたしました……わ、わたくしとカトルとはそのような……」
「カトルはそうは言ってなかったよ」
「っひょぇ……?」
頬を染めて奇声を上げたアンをにまにましながら見つめていると「こら」と肩を掴まれた。
「いつまでアンと遊んでいるつもり……待ちきれなくて迎えに来たよ、俺の【
そのまま椅子の後ろから抱きしめられてしまい、声を失った。形勢逆転とばかりにアンが口元を手で覆ったぐらいでは隠し切れない満面の笑みを浮かべている。
「ふふ、主君おふたりの睦まじいようすを見るのは幸せですわね」
などとふわふわと甘ったるいスポンジケーキのようなことを言ったアンを、シルフィールは担がれた肩の上から恨めしげに眺めていた。
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「シルフィール」
ぽすん、と寝かされたのは棺ではなくルイの部屋の大きな寝台の上だった。そういえば初めてルイに吸血されたときもここだった。あれ以降は気が向けば所かまわず、といった調子ではあったのだけれど。
「精気を分け与えるのに一番、効率のいい方法を教えてあげようか」
「っ、ん……!」
不穏に笑ったから嫌な予感はしていたのだけれど性急に口づけられて呼吸もままならなくなる。不死になったとはいえ息苦しさや痛みは変わらず残り続けるからままならない。
ただ、快さもおなじようにあるからまあいいかとも思う。ルイの精気が口内から徐々に全身にいきわたっていく。ふたりでひとつになったような感覚が心地好くてくせになりそうだ。
「大好きだよ、シルフィー」
「……はい、私もルイが好きです」
ふわふわと綿菓子のように甘い気持ちのまま呟いた愛の言葉を耳にして、ルイは満足げに
これからずっと変わらない「特別」が続くことに、シルフィールは自分が深く満たされるのを感じていた。
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