07 シルフィール・ローズレイ

 甘い薔薇の芳香で、目が醒めた。

 重たい瞼を持ち上げ、ゆっくりと身体を起こすと敷き詰められた薔薇の花弁がひらひらと身体から落ちてくる。


「……おはようございます。ルイ様」


 おなじ棺の中でごろりと横たわっていたルイにそう声をかけると、眠たげな表情のルイが「うう」と唸った。ぱちりと開いた深紅の双眸がシルフィールを捉え、慈しむような笑みを刻んだ。


「……よく眠れた?」

「はい、夢を見ていました」


 なんだかルイから熱烈な告白をされるような夢だったような気がするのは、シルフィールの気のせいだろうか。そんなふうに話したら彼は怒るだろうか。嵌めたままの薬指の指輪を撫でながらシルフィールは微笑んだ。


「ふうん、そう。まあいいけどね、どうだって」


 つれない口調は相変わらずで、いつものルイと変わらないように思えるがシルフィールは自分の中の何かが「違って」いることに気付いていた。

 そのとき、にゅっと棺の中からルイが手を伸ばし、ふたたびふかふかの薔薇の寝床にシルフィールを引き戻した。

 眼前に迫る端正な顔立ちにドキリとする。


「――すべて、忘れてしまえばいい。嫌なことも苦しいことも、何もかも」

「……それは嫌です」


 シルフィールがはっきりと否定したことにルイは目を瞠った。可愛くない子だなあ、と唇を尖らせる仕草は子供っぽくて五百年以上生きているとは思えなかった。


「あなたのことは覚えていたいので」

「……ふうん。それって、永遠に俺のことを愛しているって意味に聞こえるけど?」

「そう聞こえたなら、それで」

「――欲しい」


 ルイがシルフィールを引き寄せると、囁くようにして言った。


「言ってほしい。ちゃんと、あんたの言葉で聞かせて――じゃないと、噛むよ」

「噛んでもいいですよ」


 どうせ【蕾姫】は血を分け与えるものだ。日常となりつつある行為はたいして罰にもならないし、とっくにシルフィールも慣れていた。


「……意地が悪いなあ。せっかく俺が、可愛くおねだりしてあげてるのに」


 ルイの吐息が首元にあたる。くすぐったくて身をよじるとルイに気付かれて、ぺろりと首筋を舌でなめられた。獰猛な獣が甘噛みをする前に血管の位置を確かめるそれ。

 牙がつぷりと突き立てられ、命を分け与える瞬間に獲物はどんなことを考えるのか――シルフィールはとうに知っている。


「あなたがすきです。たぶん」

「たぶんて何……じゃあ俺も真似しよ。俺もあんたが好きだよ、多分ね」


 くすくす笑い合いながら、じゃれ合うようにして抱きしめ合った。

 永遠の命を分け合うために、精気と精気を交換し合ってシルフィールとルイはこれから踊り続けるのだ。


 身代わり花嫁のシルフィール・イヴェルではなく――ローズレイ家の【蕾姫】シルフィールとして。

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