05 闇の城

 ひとりの男の慟哭が響いていた。


 腕の中には瀕死の我が子、自らも深い傷を負っていまにも命が尽きようとしている。

 洞窟の奥深く、開け放たれた扉の向こうにあったのは澱んだ空気で満ちた古城だった。そこかしこに、あの白い建物の中で見たような黒く禍々しい影が満ちていて、いたぶるように少しずつ彼ら父子の肉を削いでいく。

 逃げ場など何処どこにもない――これが、セゾニア国王に討伐を命じられた島の「怪物」であるようだった。


 ローズレイ公爵アルテュールは、片腕にルイを抱きながら血が滴り落ちる脚を引き摺るようにして人気ひとけのない城を彷徨った。

 此方へ、と誘うような声に惹かれて歩みを進めれば闇から飛び出てきた【成れの果て】に足指を捥がれる。助けて、と甲高い若い娘の声がしたかと思えば左目がえぐり取られる。


 じわじわとローズレイは損なわれ、朽ちていく――まるで枯れた花のように。


 城の中央には、石の棺が収められた墓所のような広間があり、そこに赤黒い薔薇の花が咲き乱れていた。そこを自らの死に場所と決め、もう虫の息だったルイを冷たい棺の上に横たえた。


『……ルイ』

 

 冷たく凍ったような頬に滴り落ちた涙が痕を残す。

 静かに泣くローズレイ公爵の姿を、シルフィールは見ていることしかできなかった。これは過去の出来事――なのだろう、五百年前に実際にヴェリテ城で起きた惨劇。


『……しぶといなぁ、どうしてまだ生きているんだ。人間ムシケラのくせに』


 そのとき、何者かが棺によりかかり息絶え絶えのアルテュール・ローズレイに声をかけた。

 巨大な黒い影は茨を纏い、アルテュールにその蔓を伸ばした。赤黒い血に染まった花弁がぱっくりと口を開いている。


『憎いダロウ、こんな場所に追いやった者たちが。人間が、誰よりも大切なものを守れなかった自分自身が――オレのように』

『おまえは、誰……だ……』


 ききき、と薔薇の触手を持つ影は軋むような笑い声を立てた。


『ワタシはオマエダ――恨みながら死んでいく貴様。そして、オレはこの城の主でもある』


 歪んだ声音が優しくアルテュールに語り掛けてくる。

 ふと気を抜いた瞬間に呑み込まれそうな闇がじわじわと近づいてきている。不穏な気配を漂わせながらその黒い夜闇そのもののような蔓をアルテュールの手足に絡ませた。


『オレはオマエタチと同じように殺されたのだ――子も、臣も、民もすべて失イ、絶望の淵で呪イと化しタ』


 金属が擦れ合うような音を立てながら、ソレは棺に横たわっていたルイの身体をぱくりと飲み込んだ。シルフィールにはソレが無数の黒い虫が密集した集合体のようにも見えた。


『オマエタチを、救ってやろう――永遠に、その苦しみを二度と知らずに済むように……貴様の呪いが我が呪いをいよいよ強固なものとする。オマエタチはワタシとなり、オレはオマエタチとなる……』


 赤黒い血が石の棺に注がれて、アルテュールの呼吸音も、心音もついに途絶えた。

 そのはずだった。


 茨の蔓はアルテュールとルイの身体を覆うと、のたりのたりと蠢きながら棺の中に亡骸を収めた。そして何かの肉片をそれぞれみっつの石棺に分けて、ぴったりとその蓋を閉じたのだった。

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