04 黒き島

 ローズレイ公爵と公子が、イヴェル領沖にある島――【真実の城シャトー・ヴェリテ】へ赴く際に、三名の従者が付き従った。島流しどころか実質の死罪に等しい判決に対しても主君と運命を共にすると決めた騎士たちであった。


 心優しいが不器用なカトル、お喋りで明るいアン、生真面目なセト。

 ひとたび戦場に出れば一騎当千の力を発揮する将だったが――戦乱の世の終焉と共に、主と決めたローズレイ公爵家で使用人として仕えていた。


『いまからでも遅くない――帰れ、家族のもとで過ごすが良い』


 公爵の命令にも背き、同行すると言って譲らなかった彼らは主らと共に魔物の棲む島に上陸することになった。シルフィールの知る整備された地下港はまだ存在しておらず、ローズレイ公爵家一行は崖下の海岸に降り立った。

 ゆるやかな坂を上って、遠くに見える建物らしきものへ向かって歩みを進めていく。


 ――いまよりも、ずっと昏い。


 黒雲が島全体を覆い隠し、いまにも雨が降ってきそうだ。そんなふうに思っていると大粒の雨が地面を叩き始めた。シルフィールは濡れることはないが、彼らは一瞬でずぶ濡れになった。慌てて駆け込んだのは、白い石壁に覆われた無人の住居だ。

 誰も住んでいないらしく、一帯は同じような石造りの家屋が集まる集落のようだった。

 不気味だと感じると同時にあのときと同じだと思った。シルフィールが襲われたあの――【】に連れ込まれたような。そのとき甲高い悲鳴が上がった。


 一瞬のことだった。

 まずはアンが、あの化物に襲われた。それを助けようとしたカトルも同様に群がって来た大量の【成れの果て】が一瞬で彼らを覆い隠した。主人を守るようにセトが「早くお逃げください」と庇った。

 躊躇う公爵とルイを家から追い出し、セトはドアを閉めた。

 その後のことは、わからない――。


 降りしきる雨の中、湧いて出る黒い影のような化物から逃げながら親子は島の内部へと向かった。恐怖におびえながらもたどり着いた洞窟の中で、アルテュールとルイは休んだ。

 いつ「あれ」が自分たちに襲い掛かって来るのか、身を挺して守ってくれた三人の騎士たちがどうなったのか――考えているといっそう震えが止まらなかった。


 あれが、この島に巣食う怪物だ、そう気づくまでさほど時間はかからなかった。身を寄せ合う二人は、この洞窟の奥を調べてみることにした。ひとまずの退避場所であったが、他に危険がないのか確かめておかねばと思ったのだった。


 滴り落ちる水音が洞窟内部に反響する。奥へ進むにつれて、この洞窟が深い場所まで繋がっていることに彼らは気付いた。それに明かりも何も所持していないのに、ぼんやりと洞窟の中が青く照らされていて足元までよく見える。

 壁や天井に青い石が埋まっていて、それがきらきらと光を放つのだ。


『……此処は』


 やがてアルテュールとルイは最奥部にたどり着いた。いままでは人工物らしきものはほとんどと言っていいほどに見当たらなかったのに、そこだけ頑強な扉とそれを覆うように錆びた鎖が巻き付けられているのが見えた。

 まるで何かを封じ込めているかのように。


 ――開けては駄目!


 シルフィールは叫んだが、ルイはその鎖に手を伸ばした。足元から這い上がって来た怖気がシルフィールを飲み込んだ。理由はわからないがこの奥には行ってはいけない、そんな気がしたのだ。

 がしゃがしゃと鎖が動くたびに耳障りな音が鳴り響く。

 青い光に照らされた闇の奥底で何かがゆっくりと首をもたげ、蠢いている――そんな気がした。


 そしてついに、鎖が外れてしまった。

 ルイがおそるおそる扉に手を伸ばし、軋む音と共にどこかへと繋がる「扉」が開かれた。

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