03 或る姫君の死

 カーン、カーン、カーン――……乾いた鐘音が、王都ミニュイに響き渡る。悲嘆に暮れる国民は若くして亡くなった王女の死を悼んだ。

 死因について王室からは詳しくは語られなかったが誰もが知っていた。


 気の毒なグレース姫は恋に破れ、自ら命を絶ったのだということを。


 葬儀を終えたのち、アルテュール・ローズレイとルイ・ローズレイは国王クロード1世に呼び出された。王弟であったアルテュールは、国王を補佐する役割についていたが――その任を解かれることとなった。息子のしでかしたことへの責任を取らされたのだ、という噂は瞬く間に広がり、それにまつわる醜聞もみな真実であったとみなされた。


 初心な王女を誑かし、あっさりと捨てた悪鬼のような所業を行った男――それがアルテュールの子、ルイ・ローズレイであると。


 四大侯爵家エテ、イヴェル、プランタン、オトゥンヌが主導した審問会でもローズレイ家はその罪を償うべきだ、と内々に決定が下された。


 そのようすをすべて、シルフィールは目撃していた。

 おそらくいま自身がいるこの場所は――見ている光景は、誰かの……否、ルイの記憶なのだろう。それを何故か追体験するようにして内側から眺めているような気分だった。


『……グレース王女の死について、何か言いたいことはあるか』


 クロード1世はルイに尋ねた。

 ルイは何度も、巷の噂のように彼女を弄んでなどおらず、関係を持ったことは一度としてなく――既に決まっていた彼女の婚約者、他国の皇子との縁談をぶち壊しにするつもりはなかった、と主張してきた。


 だが、すべて黙殺されてきた――何度主張しても彼の声が悲しみに暮れる父王のもとに届くことはなかったのだ。誰からも肯定されず粛々とおまえは罪人だと責め立てられ、疲弊しきっていた。

 いくら主張しても自らの言葉が届かない、その息苦しさにもがき苦しんでいるようすだった。それに――彼の良心が責任の一端を感じさせないではいられなかったのだ。


『何も』


 最後の審問会でルイは、そう国王に返した。

 もう既に言葉を尽くして説明したのだから、これ以上は何を言っても無駄だという諦念が彼の表情から見て取れた。


『ではローズレイ公爵アルテュール・ローズレイ、並びにその子ルイ・ローズレイに命ずる』


 ――イヴェル領沖にある島に巣食う怪物を討伐せよ、その後は彼の地から出ることは生涯許さぬ。

 それが、国王が娘殺しの咎人とその家門に与えた罰だった。


『っ……王よ、俺だけでよいではありませんか! 父は無関係です、貴方の弟にどうかそのような任を与えないでください』

『いいんだ、ルイ。どうか私にも罰を、と望んだのだ――ルイだけを苦しい目に遭わせたくはないから……』

『父上……ッ!』


 悲痛な父子おやこの叫びを聞いても、クロード王は考えを改めることはなかった。それほどまでに、娘を失った悲しみは深かったのである。


 床に崩れ落ちたルイを前にシルフィールは何もできない自分を歯がゆく思った。駆け寄って声を掛けることも、触れることもできない。そこにはシルフィールの知ることのなかった「夫」の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る