02 茨の棘

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 五百年前、ローズレイ公爵家は呪われた――もとい、不死となった。それはアルテュール・ローズレイ公爵の兄であるセゾニア国王クロード1世に一因があるのだった。


 ――これは、夢だろうか。


 シルフィールは色彩のない世界の中で、ひとりぽつんと過ごしていた。見覚えがない、と思っていたが豪奢な建物や贅を凝らした庭園などを目にして、気づいた。


 ――セゾニアの王城だ。どうして此処にいるのだろう。

 

 時間はちょうど昼過ぎのようで、高い位置に太陽が見える。

 使用人と思われる人々が忙しなく行き来しているのに、シルフィールには目を留めない。そこにいないものとして通り過ぎていく。何気なく歩いていても誰からも声をかけられない。

 この前、式典で使用した広間から続く外階段の先――巨大な庭園の中に迷い込んでいた。そのとき気づいたのだが低木の緑は霞んだグレーのままなのに、花をつけた薔薇だけが血のように紅く染まっている。

 薄ら寒さのようなものをおぼえながらも、シルフィールは導かれるように庭園を進んでいった。色づいた薔薇の方に、足を向けると誰かの声が聞こえてきた。


『あなたを愛しています』


 女性の声だ。しかも恋人との逢瀬のようである。気まずさに引き返そうとしたが、紅い薔薇の道しるべはその先へ進めと促してくる。居心地の悪さをおぼえながらも足を声の方へと向けた。


 立っていたのは歴史書などでしか目にしないような昔風のデザインではあったが、華やかで美しいドレスを纏った美しい女性だった。おそらく、シルフィールとおなじくらいの年齢だろう。彼女が向かい合った男性に対して愛の告白をしたのだと察した。

 此方に背中を向けているせいで男性の顔は見えなかったが、何故だか胸がぎゅっと締め付けられ、息苦しくなった。


『グレース姫……申し訳ございませんが、貴女のお気持ちにはお応えできません』


 馴染み深い甘やかな声音に、シルフィールはぞくっと肩を揺らした。顔が見えなくてもそこに立っている男が誰なのかわかってしまった。


『ルイ様っ、どうしてですか⁉ わたくしにはもう婚約者がいるからですか? あなたもおなじ気持ちであると信じていたのに……酷い、酷いわ!』

『――申し訳ございません』

『わたくしは謝ってほしいわけなんかじゃないっ!』


 グレース姫、と呼ばれた女性は薔薇の木から深紅の花をちぎってルイに投げつけた。枝葉からむしり取ったときに傷つけたのか彼女の指からは紅い血が流れ出ていた。


『いけません――これを』


 男――ルイは取り出したハンカチを彼女の指に強く巻き付けて止血した。するとグレースは大きな瞳いっぱいに涙を溜めて「ずるいわ」と潤んだ声で叫んだ。


『優しくなんてしないで……貴方を手に入れられるのでは、と期待してしまいそうになる』

『……申し訳ございません』


 ルイを突き飛ばすと、グレースはシルフィールの方に向かって勢いよくかけてきた。ぶつかる――そう思ったのに、グレースの身体はシルフィールをすり抜けて、庭園の外へと走り去っていった。


『は……まったく迷惑極まりないなぁ』


 低く冷淡な声が背後から聞こえた。

 振り返ると醒めた表情で腕組みをして、グレースが走り去った方向を見ているルイが立っていた。ヴェリテ城で彼がふだん纏っているような、上質なサテンの上着を纏った彼は、いまシルフィールが接しているルイよりも大人びて見える。


「ルイ、さま……」


 予想はしていたが、シルフィールの声は届いていないようだ。

 ルイはグレースが走り去ったのと真逆の方向に歩き去っていった。そのとき、ぐにゃりと視界が歪み、真昼の庭園はシルフィールの前から消え去った。

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