10 真実の扉(✦ルイ視点)

✦·⋆⋆·✦


 シルフィールの呼吸が穏やかになったのを見届けてから、ルイは見苦しく騒ぎ立てる侯爵家の人間共を睥睨した。


「ひ、ひぃ……化物っ!」

「さっきのは幻だったのよねっ、だからこの屋敷は燃えてなんかいないのよっ」

「でも怖いわお母様っ」


 半狂乱になりながら床に座り込んで抱き合う親子の姿はあさましく、力なき少女に与え続けた暴力のことなど頭にないようすだった。ルイはため息を吐きながら腕を組み、シルヴィア・イヴェルを見下ろす。


「昨夜は俺の部屋を訪ねてきたのに、ずうずうしいね――俺が怖いんだ?」

「っ、それは……」

「シルヴィア! なんてはしたない真似を。申し訳ございません、ルイ公子! 娘には言って聞かせますのでどうか、どうか」


 イヴェル侯爵は青ざめた顔で額を床にこすりつけて懇願した。



『帰れ』


 ドアを開け、眼前に立っていたのが薄い夜着に身を包んだシルヴィアだったときの落胆と来たら――げんなりを通り越してぐったりだった。顔を見るだけで疲れる、ということがあり得るのだとルイはそのとき初めて知った。


『ルイ様っ、どうか私をお部屋にお入れください。私の方があんな子よりもずっと美人だし、身体つきだって……』


 これ以上侵入させないためにルイは廊下に出てこの夜這いに来た娼婦シルヴィア・イヴェルに向き合った。ぴったりと閉じたドアを背に「お帰りください」と今度は丁重にお断りする。

 ただそれだけではあったのだが、機嫌を損ねたシルヴィアが顔を真っ赤にしてルイの部屋の前から逃げていく様を多くの使用人が目撃したらしい。お嬢さまの情けないようすは屋敷中の噂になっていた。



 家の中のことに無関心なイヴェル侯爵は知らなかったらしく、悔しそうに俯くシルヴィアを睨みつけている。


 これがセゾニア王国の四大侯爵家の当主か。

 情けない――その権威も地に堕ちたようだ。かつてローズレイ公爵家が、セゾニア本土で暮らしていた五百年前とはずいぶん様変わりしたものである。


「は……おまえらみたいな愚かで惨めな人間の、臭い血なんて御免だね――俺にだって選ぶ自由ぐらいあるに決まってるじゃないか」

「ルイ、本当のことだとしてもそれは言い過ぎだ。彼らは卑怯なとはいえイヴェル家の現当主なのだからね」


 ローズレイ公爵の言葉にイヴェル侯爵の顔色がさらに青白くなり、血の気が失せた。すぐそばにいたシルヴィアだけが「何、どうしたの」ときょろきょろ両親ふたりの顔を見比べている。


「ああ、知らないのは娘だけか――代わりに教えてやろうか」

「や、やめろ……――っ!」


 ルイの唇がにたりと、ぎこちなく弧を描く。叫ぶイヴェル侯爵の腕にしがみついた夫人の顔も恐怖で歪んでいた。


「おまえたちは、実の兄であった前当主ジスラン・イヴェルに毒を飲ませ――殺した」


 水を打ったような静寂が食堂に満ちた。

 嘘よね、と救いを求めるように父親の顔を見たシルヴィアの表情がより醜くゆがんでいくさまをルイは見た。


「っ、嘘だ――っ!」

「前当主のときから仕えている使用人たちも話していたぞ。急に主人が『病死』したのでおかしいと思っていた、と」


 びくっと肩を震わせたイヴェル侯爵をかばうように夫人が声を張り上げた。


「こ、公爵閣下とはいえ、言っていいことと悪いことがございます――これはイヴェル家への侮辱に他なりませんっ!」

「そうかな。大体、おまえたちの罪はそれだけじゃない。おまえたちがぞんざいに扱っていたこの娘……シルフィールが、前侯爵である兄が密かにメイドに生ませた子だと知っていたな――だから、ローズレイ家に送り込んだ。違うか?」


 嘘よ、とシルヴィアが小さな声でつぶやいた。隣で茫然と床に手を突いた母親の膨らんだ袖を引っ張って叫んだ。


「そんなの嘘よね、お母様! あの子が本当に、イヴェル家の血を引く娘だなんて……そんなこと、あるはずがないわよね⁉ しかもお父様が、伯父様を殺したって……!」


 悲鳴のような叫びが室内にこだまする。騒ぎ立てているのは何も知らない娘だけだった。真実を突きつけられて震えるしかない下等な人間たちへ、ルイは蔑むような視線を向けた。


「その反応を見てごらんよ。彼らのその態度自体が何よりの証拠と言えるだろう――まあ、下等なおまえたちに証明したいとも思ってもいないから構わないさ。それにね、彼女から血を啜り精気を吸い取っている俺にはわかる。シルフィールの血は、正真正銘、四大侯爵家のものだ」

「ローズレイ家がシルフィールを殺す、もしくは彼女が生涯島を出ることがなければ真実が明るみに出る危険性は格段に減る――そう、踏んだのではありませんか。監視下に置いていた姪を娘の身代わりに仕立て、ついでに厄介払いにもなる、と」


 静かな声で公爵が語ると、イヴェル侯爵は「あ……」と肯定とも否定ともつかない呻きを上げた。

 ルイはローズレイ公爵が持っていた書類をひったくると、彼らの前にばらまいた。ひらひらと雪片のように食堂に舞い落ちた書類には秘密裏に調査させていた結果が記されている。


「……おまえらはうちの領地に度々ひとを送り込んでいただろう。夜光石の盗掘を指示していたな? 何人か、帰ってこなかった者がいただろう。おかしいと思わなかったか? 何故、戻らないのか――と。逃げた? 否、違う」


 ルイは食堂を照らす青白い夜光石の輝きを眺めながら吐き捨てるようになった。


「喰われたよ――あの島に巣食う『怪物』に」


 領民たちから、自分たち以外の人間が【】に殺されているとの通報と共にそのそばには夜光石が転がっていたとの報告があがった。それを公爵、カトルやセトと調査していたのだが……どうやら所持品からイヴェル領から来ていることが判明した。

 そして依頼主の名も。


「さて、この数多の罪をどう償われますか――イヴェル侯爵」


 眼前に断罪の剣を突き立て、【薔薇の一族】は優雅に微笑んだ。

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