07 真夜中の訪問者(✦ルイ視点)
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ローズレイ家の二名がイヴェル領にあるイヴェル侯爵邸を訪ねたのは大雨の降る夜 のことだった。真夜中に鳴らされたベルの音に、寝ずの番をしていた従僕の一人が気付き出迎えると「イヴェル侯爵へ目通りを」と述べた。
従僕はこの家に仕えてもう十年近くにもなるが、このような怪しげな輩は追い返すに限る――それが主人の意向であることを重々承知していた。
「どなたかは存じ上げませんが、このような非常識な時間の訪問が許されるとお思いですか」
「非常識――と言われても。ローズレイ公爵家は闇の一族、
低い声で訴えたアルテュール・ローズレイ公爵に気圧され、怯えたように引っ込んでいった。
ぱっと真っ暗だった屋敷に明かりが点き始め、中でひとが動く気配がし始めた。おそらく眠っていたところをたたき起こされたイヴェル侯爵は不機嫌ではあっただろうが訪問者の名を聞いて顔色を変えただろう。
そもそも、こんな雨夜に客人を外で待たせることほど無礼な状況はないのだが――大騒ぎの中、誰も気づくようすはなかった。しばらくしてからドアが開き招き入れられる。客間と思しき部屋は青光石をあしらったシャンデリアがぶら下がり、ひどく華美な印象だ。
どっか、とごてごてしい金糸をあしらった布張りの長椅子に座ったルイは未だ立ったまま調度を眺めている公爵を見遣った。
「公爵――わかってますよね」
「ああ、もちろんだ。私はいつだってツケは払ってもらうことにしている――そもそも貸した覚えなどないのだから、一刻も早く返してもらわねばな」
そのときばたばたと廊下が騒がしくなった。どうやらお出ましのようだった。
真っ先に入って来たのはイヴェル侯爵で、それに続いて中年女――これが侯爵夫人だろう、が入室する。そういえばこの顔見たことあるな、と思ったところで続いて入って来た娘の顔を見て思い出した。
すまし顔の娘は深夜だというのに上等なドレスを身に纏い宝飾品で着飾っていたし、妙に凝った髪型をしていた。想定していたよりも待たされたのはこいつが原因だったのだろう、と察する。
ルイの視線に気づいた娘――シルヴィア・イヴェル嬢はにっこりと微笑み、左手首に付けた青いリボンをこれ見よがしに示して見せた。
失くしたと思っていたのだが、盗まれていたとは。舌打ちを堪えるのがこんなにも難しいとはルイは思ってもみなかった。
「お待たせして申し訳ございません――なにせ、予告もない訪問だったものですから」
謝罪の言葉を口にしながらも、ローズレイ家がいきなり、しかも真夜中に訪ねてきたことをあからさまに責めていた。眠っていたところを叩き起こされたときの苛立ちはルイにも覚えがある。
たいしたことのない痛みや苦しみであれ、あいつらを苦しませる一因になるのならば悪くはない。そう考えていると「おや、失礼しました」とすぐ横にいたローズレイ公爵が軽く謝罪した。
「いえ、あの……確かにお話をしなければならないことは私共もございますが、何分急だったものであまり準備が出来ておらず……いかがでしょう。よろしければ今夜は我が家にお泊りいただいて、翌朝お話をさせていただくというのは」
「いえ、我々は【怪物公爵】ですから、夜こそ活発に活動する時間帯でして――」
公爵の一言で、広々とした客間が静まり返った。
主人の命により茶を運んできていたメイドは、茶の表面を大きく波打たせたがなんとか真っ白なクロスのうえに零さずにすんだ。
「――なんて、冗談ですよ、ふふ。いやぁ、ローズレイ領は時間が止まったような島なものですから冗談の加減がわからなくなりがちでして。戸惑わせてしまい申し訳ございません」
「あ、あは……冗談でしたか」
申し訳程度の乾いた笑いが部屋に満ちる。
「承知しました。では、また明日の夕にお時間をいただけますかな――その方が我々も有難い」
「は、はっ、承知いたしました。おい、ローズレイ公爵家の皆様をお部屋にご案内しろ!」
ベルを鳴らしてやってきた使用人が、客用寝室と思われる部屋にルイと公爵を案内した。まあ悪くない部屋の作りと調度品だが、どこもおなじように装飾がごてごてしている。この手の部屋の一方で、ひとがあまり見ない場所は手を抜いて安物の家具を置いている。屋敷の持ち主の性格が窺い知れた。
そのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
まさか、来たのか――ほんのわずかな期待に胸を膨らませながらルイはドアを開けた。
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