06 薄闇の中

 カーテンを開けなくても、日差しの強いイヴェル領では昼夜の区別はわかる。

 屋根部屋の物置にシルフィールが閉じ込められて十日が経過していた。書状を送ったと言っていたけれど、そろそろローズレイ公爵家に届いているころだろうか。公爵も、ルイもどんな反応をしているのだろう。

 偽物と謀ったとイヴェル家――シルフィールに激怒しているのだろうか。


『偽物は要らない』


 面と向かって言われなかっただけマシなのかもしれない。淡々と冷ややかに告げられる瞬間を想像して勝手に傷ついている。

 イヴェル家で働くたくさんのメイドのうちのひとりでしかなくて、特にこれと言ってとりえもなかった自分を必要としてくれたのはルイが初めてで――いままでの人生であんなに親切にしてくれたのはヴェリテ城の皆だけだった。


 淀んだ空気の中で、提供される乾いてカチカチになったパンと味のしないスープをすする日々に――ヴェリテ城で最初に食べた食事を思い出した。


 料理に不慣れなカトルが精いっぱい、その辺に生えていた草や野菜のようなものを煮だして作ったスープ。味も薄いが、野菜のえぐみが凄かったっけ。

 一方でアンはお料理がじょうずだった。ヴェリテ城周辺で取れる野草にも詳しく、カトルに必要な食材の仕入れを頼むようになってからシルフィールの食生活は劇的に改善した。


『【蕾姫】様には滋養のあって美味しいものをたくさん食べていただきたいのです!』


 満面の笑顔を浮かべ、食事を摂るシルフィールを嬉しそうに見ていた。

 ――私は彼らも裏切ったのだ。


 食べること、考えること――それぐらいしか娯楽はない。あとは眠ることぐらいしか。寝台で微睡んでいると、物音に気付いてシルフィールは目を醒ました。

 慎重に寝台を下りて、窓辺に向かう。ほぼ昼夜逆転の生活をヴェリテ城で送っていたシルフィールだが、イヴェル領に戻ってからはかつてとおなじように身体は昼に起きて夜に眠る生活に戻ろうとし始めた。


 真夜中のイヴェル邸に何者かが近づいて来る。

 広大な庭園の向こうに目を凝らすと門の前に二人の影が見えた。闇に溶け込む漆黒の外套を纏った人物が二人だ。あいにくの雨で、傘を差してはいても全身がずぶ濡れになっている。


 顔は見えない――というのに、シルフィールには彼らが誰なのかわかった。ずしりと石を飲んだかのように胸が重たくなる。


 ――ルイ様と、ローズレイ公爵……。


 そのとき、ふと外に立っていた小柄な影――ルイが顔を上げた。その瞬間、窓辺に立つシルフィールと目が合ったような気がした。

 慌ててカーテンを閉め、シルフィールは窓の下に身を隠すようにして屈んだ。見つかってしまった、と何故だか思った。もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに。


 つい先ほど見たルイの表情を記憶の中で繋ぎ合わせて反芻する。彼は怒っていただろうか、それとも呆れていた――それとも。

 もう一度覗いてみればその答えがわかるかもしれないのに、シルフィールはその場に蹲ったまま立ち上がることは出来なさそうだった。

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