09 目撃(✦ルイ視点)

✦·⋆⋆·✦


 正直に言って、あのシルヴィアとかいう女とのダンスは苦行でしかなかった。

 いちいち身体を密着させてきたし、肌は趣味じゃない香水で濁りさらに悪臭を放っていたから正直触れるのも嫌だったくらいだ。


 あの手の甲で感じた精気の荒み具合と言ったら! 憎悪と嫉妬の汚濁を舐めさせられたようなものだ。吐き気を堪えるのに必死だったのに、人前だから取り繕わねばならない。

 こっちは百年間、飲まず食わずで我慢したんだ。こんな女から生成される物質でからだを満たすのは御免である。シルフィールの代わりにこの女が【蕾姫】に選定されていたら、と思うとぞっとした。


「ルイ様は本当にお美しいですわね」

「……それはどうも。ありがとうございます、シルヴィア嬢」

「嫌ですわ、シルヴィーとお呼びになって」


 自信満々で、自分が美しいとわかっている女。それが勘違いだと理解していない女ほど醜いものはない。この世に生きるほとんどすべての者がルイの前では霞んでしまう。ただの名もなき花に過ぎないと察し、自ら離れ遠巻きにするというのに。

 それなのに、こいつはいつまでも自分が特別なルイと「対等」であるという勘違いをやめようとしない。

 あまりにも愚かだった。


嬢、これでもう二曲ですよ。そろそろお疲れではありませんか」

「いいえ、私はあと十曲はそのまま踊っていられそうですわ!」


 そんなふざけたお遊びに付き合わされてたまるものか。笑顔のままルイは足を止めた。よろけてもたれかかってきたシルヴィアを受け止め、さっと身体を離す。


「どうも此処は暑いようですね――俺は少し外に」

「私も暑いと思っていましたの。もう汗を掻いてしまって!」


 ひとりになりたい、という意図を理解するつもりはないらしい。わかっていて無視しているのだとしたらとんでもない女だ。そもそも自分の姉の夫にこうもべたべたしようとする理由が、ルイにはよくわからなかった。


 大体、あの日ミニュイで会ったときも良い印象はなかったんだ――こいつはルイがシルフィールの隣に立っていたことを知らなかったのか? いや、まさか。いちおう「挨拶」はさせてもらったというのに。

 テラスまで出て、庭園を見下ろす。

 さすが――ご立派な王城にはご立派な薔薇園が用意されている。そういえばいまは薔薇の花が咲く季節だったっけ。分厚い雲に年中覆われている【真実の城シャトー・ヴェリテ】では、自生する花は皆無だ。周辺地域から交易で手に入れたものを儀式のときにも飾っていた。

 

 そのとき薔薇に埋もれるようにして、薔薇の色のドレスがちらちらと見えた。

 なんだシルフィールもうんざりして外にでも出ようと思ったのか――やはり自分たちは気が合う。そう思っていたところで、彼女が何者かに貸し与えられた上着を羽織っていることに気付いた。

 そして、彼女の正面に金髪の男が立っているのが目に入った。

 

 刹那、ずしりと重たい感情が腹の底で首をもたげたのがわかった。


「ルイ様ぁ、ねえ綺麗な薔薇ですわね。匂いがここまで漂ってきています……でもあなたの高貴な香りの方が、ずっとかぐわしくたまらないです」


 そっとルイの腕に、シルヴィアがしなだれかかってくる。完全に計算しつくされた仕草だ。百年前だろうと五百年前だろうと女というものは変わらない。どいつもこいつも似たようなもので、差などない。


 そう思っていた――のに。


 シルフィールはクロードと何事か深刻な表情で話をしていた。

 いますぐ駆け寄って何をしているんだと割り込みたいというのに足が、石にでもなったかのように動かなかった。


「っ……!」


 シルフィールが踵を返す瞬間にクロードが彼女の手を掴んで――手首に結わえたリボンを解いた。しばしにらみ合った末に、シルフィールはその場を立ち去った。ルイがいるテラスの方へと歩いて来る。


 やましいことなどないのに、ルイはシルヴィアに「戻りましょう」と声を掛けた。もう少し二人きりの時間を愉しみたいなど、と駄々を捏ねたが無視をしてルイはホールへ戻る。


 だが、そのときルイは気づいていなかった――自らの左手首から青いリボンが消えていたことを。

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