06 式典の始まり

 ローズレイ公爵家当主、アルテュール・ローズレイは五百年前のセゾニア国王の王弟であった。公爵位を賜ってはいたが領地はなく、王の補佐を務めていた。

 王の命により遠征していたアルテュールは、海路でとある島に上陸する。彼の地に巣食う悪霊から呪いをその身に受け――心臓に薔薇の刻印を刻まれた。


 その結果、不老不死となったのである。また彼の子、ルイは不老不死の肉体を得たが百年周期で眠りに就かねばならなくなった。


 当時の国王、クロード・ラクスは呪われた島を不死となった弟に統治させ、悪霊からセゾニア王国を守護する役を任じた――それがローズレイ公爵家の始まりである。


 薔薇の開花ローゼン・フルーレの開幕を告げる言葉を発したのは、現セゾニア国王のクロード3世だった。

 まだ若きセゾニア王が不老不死たるローズレイ公爵から青光石をあしらった宝冠を献上され――その褒美として、忌まわしき薔薇の呪いの継承者である公子ルイが百年の眠りから目覚めたことへの祝福を与える。


 式典に参列したのは四大侯爵家――イヴェル家、エテ家、プランタン家、オトゥヌ家とその縁者のみに限られていた。それ以外の貴族の間にもローズレイ家の存在は秘匿されているのだ。


 張り詰めた緊張感の中でシルフィールはただ公爵やルイの姿を、息を呑んで傍で見守っているばかりだった。そうはいっても見ているだけとはいえかなり疲れる。


「ローズレイ、そこにいる娘が【蕾姫】――百年公子の花嫁か」


 一刻も早く終わればいいのに、そう思っていたところで涼やかな声が耳朶を打った。若き王、クロード3世がシルフィールに目を留めたのである。


「ええ――シルフィール・イヴェル。そちらにおられるイヴェル侯爵の娘です」


 シルフィールは震えながら習ったとおりの礼をする。

 じっとりとした視線を感じた。国王ばかりではなく、王城に集った多くの貴族たちの視線が一斉にシルフィールに注がれているのだ。

 ごらん怯えて背が丸まっている、そう嘲笑する声が聞こえた気がした。


「薔薇の一族にふさわしい、凛とした花のような娘だな――蕾というよりはもうすでに花開いているように思えるが」

「ええ。我が息子、ルイによって開花させたのです――婚礼の儀はもう済んでおりますので」


 冷ややかな剣を向け合うようなやりとりの後、クロード王は穏やかな微笑みを浮かべた。


「ルイ公子よ。そなたは幸せ者だな」

「ええ、本当に……シルフィールのような女性を妻に出来たことを嬉しく思います」


 その言葉に会場の空気がようやくほどけた。値踏みするような視線から羨望の眼差しへと切り替わったのだ。なんだかよくわからないが、シルフィールはほっと息を吐いた。やれやれこれで終わりだろう。あとはお茶を濁して公爵邸に帰りさえすればいい。


 そのとき、楽団による荘厳な音楽が流れ始めた。弦楽器の甘い音色が高い天井のホールに響き渡る。


「え……」

「俺たちだけでダンスするんだよ。要は見世物だね」


 き、聞いていない。そもそも段取りの説明もロクに受けていなかったから先ほどの国王へのあいさつで式典は終わりだと思っていたのに。でもまあこれほど着飾ったのだから、ダンスの一曲程度披露しなさいというのはわからないでもないが。


 ――私、ダンスレッスンなんて受けていないのですが⁉


 嫁入り前にイヴェル家で叩きこまれたのは歩き方や食事のマナー、立ち居振る舞い、言葉遣いといった一般教養レベルのものであって、こうした場での作法はほとんど教わっていないのだ。


「さあ、お手をどうぞ。【蕾姫】?」


 シルフィールの内心の動揺を知っているのか知らないのか、ルイはにこやかに笑い手を差し出してきた。

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