05 準備だって抜かりなく
城からそういった行事でも使えそうなドレスを持参してもいたから、当然それを着ることになるのだろう、と思っていたのだが……。
いきなり「公爵家の妻として目立たないとね」と、謎の意欲を発揮したルイによって式典の数日前に王都ミニュイの仕立屋にシルフィールは連行されたのだった。
いま着せてもらったのもルイの見立てで選んだものだ――本来ならひと月近くかかるものを金と公爵家の名を出しておよそ五日で完成させてもらっていて、深い赤を基調としたドレスに黒のレースをあしらった豪華な品だった。
「まあっ、夜露に濡れた薔薇のようなドレスですねっ」
臨時で雇い入れたメイドはローズレイ家の事情をよく知らないらしく、奥様お綺麗です、と決まりきったおべっかを言っていた。完全にルイの趣味で選ばれたドレスだが、シルフィールも気に入っている。
ぴったりと身体に沿うデザインの前身頃はジャガード織で縦縞模様が描かれていて、開いた胸元はさりげなく黒の薔薇レースの縁取があるおかげで、品よく仕上がっている。
きゅっと細く締まった腰を強調しつつ、ぜいたくに生地を使ったボリュームのあるスカートをたくさんのアンダースカートを重ねることで理想の形にしている。
着ているだけでかなり体力を使うのだが、見栄えがするのは間違いなかった。さすがにここまで気合を入れた格好をしている者は、他にはいないだろう。
今回の式典の主役はローズレイ家のお披露目みたいなものだと聞いているから着飾るのも当然なのかもしれない。当然のように贈られた、ドレスに合わせたアクセサリーを身に着け、上品さを損なわない化粧を施されて【蕾姫】の装いは完成した。
そのとき、シルフィールの部屋をノックする音が響いた。メイドがルイと、公爵を出迎えるとふたりがそろって目を瞠った。
「へえ、悪くないじゃん。俺の見立てがよかったってことかなあ」
「素直に言えば褒めればいいものを……よく似合っているよ、【蕾姫】」
「えへへ……褒めすぎだなあとは思うんですが、悪い気はしないですね」
照れ隠しに頬を掻くため、そっと上げた手首には金の縁取りがある青のリボンが結わえられている。
ちなみにおなじリボンがルイにも結わえられていることをシルフィールは知っていた。なぜなら先ほどドレスを着用前にルイがどうだ、と言わんばかりに手首を見せつけに部屋までやってきたからだ。
シルフィールの記憶さえあやふやな、恋まじないのようなそれ。流行りものが好きなルイが興味を持ったせいでこんな式典の場だというのに付き合わされている。そろそろお時間です、と呼びに来たセトについて階下におりた。
「セト、頼んでおいたものは」
「用意してございます。またお戻りの際にご確認いただければと」
「ありがとう――じゃあ、行ってくるよ」
公爵がセトとの会話を終えると、用意されていた馬車に乗って――また棺桶で城に乗り込むなどと言われればさすがに目を剥くところだった――王都ミニュイ中心部にある城へと向かった。
「緊張しているのかい?」
「ええ……それはもう」
心臓を口から吐き出しそうなほどに。真っ青な顔で浅い息を繰り返すシルフィールを眺め、公爵は「大丈夫だよ」とどこにそんな根拠があるのかわからない笑顔を見せた。
「あんたの慰めは適当すぎるんだよ。ほら、そんなに不安なら俺が手を握っていてあげようか――俺の【
隣に座っていたルイがきゅっと冷たい手で握って来たので、ひゃっと悲鳴を上げた。手袋越しとはいえルイの手はいつも氷のように冷たいので、触れられるたびドキドキしてしまう。
馬車の小刻みの振動の中で振りほどく気にもなれず、どぎまぎしたままシルフィールはひたすらに早く到着しますように、と祈り続けていた。
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