04 再会
王都に来てわかったのは、ルイが思っていたより活動的だということだった。
なんというか彼はひどく好奇心が旺盛なのだ。目新しいものを見つけると「あれは何」とシルフィールに尋ねながら、駆け寄っていってしまう。
外出するのも日差しに弱いルイに合わせて夕方以降だったが、王都は不思議と夜まで開店している店が多い――そのせいで、あれこれ食べたし、いまだかつてないほど買い物をした。
「やっぱり都会は気分が高揚するね、見たことのないモノがたくさんあるし……何より洒落た靴も、傘も、杖も外套もある!」
ローズレイ公爵家のための式典を翌日に控え、いつになく興奮しているルイを見て、シルフィールが苦笑していたときだった。
「お母様、ご覧になって。あれシルフィールだわ!」
甲高い声が人混みの中で響く。そのときちょうど仕立屋の前に立っていた女性二人が見えた。ひとりが此方に指を指して叫んだ。
その瞬間、記憶が一気に引き戻される。
毎朝日が昇る前に起きて、叱られながら床を磨いて、休む暇もなく厨房の手伝いに入り、眠るときはもう明け方が近かった日々。どんくさいとなじられ、埃が落ちていたと折檻されるのもいつものことだった。
「シルヴィア、お嬢様……?」
茫然と立ち尽くすシルフィールのもとへ、紅茶色の髪の、淑女そのもののような姿かたちの少女が足早に歩み寄って来る。
「――シ……」
何か言いかけたルイを遮ったのは、シルヴィアの――シルフィールへの平手打ちだった。
「お母様っ、シルフィールったら逃げ出したんだわっ! このイヴェル家の面汚しが……ローズレイ領に行く前に、上手いことやって逃げたんでしょう、この性悪女」
「っ……」
紅く染まった頬に思わず手をあてがい、見つめ返すと「睨むなんて何様のつもり」とシルヴィアが激高した。
「……シルヴィア様、私はローズレイ家で暮らしています」
「何を言っているの⁉ 【怪物公爵】の花嫁になったというのなら、死んだってことよ! あんたはこうして生きているじゃない、おかしいわよ、ねえ、お母様っ。しかもこんなにめかしこんで……!」
「シルヴィー、人前ですよ。あなたまではしたないと思われてしまう」
動揺しきりのシルヴィアとは対照的に、イヴェル夫人は冷静だった。シルフィールと隣に立っていたルイを見て、息を呑む。
「公爵……閣下」
「いや、俺は公爵の息子だ――シルフィールの夫でもあるけどね。挨拶が遅れてすまないな、俺はルイ。ルイ・ローズレイ……あんたたちの言うところの【怪物公爵】の息子だよ」
シルヴィアは「そんな、嘘だわ」と動揺しきりの声で母親の袖を引っ張った。シルフィールの腰を抱いて引き寄せたルイを今度はシルヴィアが茫然とした面持ちで見ていた。
「し、失礼しました――久しぶりに娘に会ったものですから、動揺してしまって。この子も姉に会えたことで驚いたのでしょう、ねえシルヴィア」
「うそよ、だってローズレイに嫁入りしたら最後、死んでも島を出ることは叶わないってお父様も……」
「シルヴィー!」
母親が強く名前を呼んだことでようやく、シルヴィアの独り言が止まった。青ざめた顔で母親の影にそっと隠れてしまった。
「お騒がせして申し訳ございません、では式典でまた」
「ああ」
ぞんざいに返すと、逃げるように去っていったイヴェル母娘をルイが睨んでいた。
「ねえ」
「ひゃ、ひゃいっ、なんでしょうか!」
明らかに怒っている――眼前で自分が愚弄されたと思ったからだろうか。イヴェルの二人は明らかにローズレイ家のことを蔑視し、怪物だのなんだの騒ぎ立てていたのだから。
「あれが、あんたの家族ってわけ?」
「……まあ、いちおう、はい」
歯切れ悪い物言いになったと自分でもわかっていたが、それ以外に言い様がなかった。彼らはシルフィールを家族とは認めていないだろうが「イヴェルの娘」としてローズレイ家に嫁がせた。
その時点でただのメイドであったシルフィールは消え、「シルフィール・イヴェル侯爵令嬢」を否定することは出来なくなっている。
などと考えているとルイが「いいか」と徐に口火を切った。
「あいつらはもう、あんたの家族なんかじゃない」
「……はい?」
まあ、あのひとたちに近しさを感じたこともなければ家族だと思ったこともないのだけれど。とりあえず頷いて見せる。
「とにかく……あんたの家族はこの俺、ルイ・ローズレイ――わかった?」
「は、はい!」
勢いよく頷いたのだがルイは「ほんとにわかってんのかなあ」とため息を吐いたのだった。
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