第五章 薔薇の真実

01 イヴェル家からの手紙

 式典が終わった翌々日には、ローズレイ公爵家一同は居所であるヴェリテ城に戻ってきていた。王都とローズレイ領の行き来が棺桶で済むのだからかなり楽なのだが、いかんせん棺桶である。旅情も何もあったものではない。

 とはいえ、式典後から漂う重たい空気の中で旅を楽しむ気には到底ならなかっただろうからよかったのかもしれない。


「あの……皆様に何かあったのですか、シルフィール様っ」


 部屋までお茶を持って来てくれたアンが、居ても立っても居られない、という顔つきで尋ねてきた。ポットから注がれた紅茶からふわりと香気が立ちのぼる。


「……うぅん?」


 カップを手に持ちながら、唸った。この不穏というか重苦しい空気に着いてどう説明したものか、悩むところではある。


 何かあったのか、と問われれば。

 あった、といえばあった――シルフィールには。国王陛下にシルフィールが本当にイヴェル家の娘なのか、と問いただされそうになったというわりと大き目な「何か」が。それをアンに打ち明けるわけにはいかないのだけれど。

 でもローズレイ公爵にしても、ルイにしても挙動がおかしいのは相変わらずで。アンが気にしているのはそちらのこともあるだろう。


 ヴェリテ城に流れる空気が変わった――その理由をシルフィール自身も知らない。答えに窮しているのを察したのか、アンは話題をがらりと変えた。


「此方、カトルがシルフィール様にと――ひとまずわたくしがお預かりしておりました」

「手紙……」


 不在の間に届いたのだ、という。ローズレイ領も交易をしているくらいだし、荷物や手紙をついでに預かることもあるのだろう。シルフィールにしてみれば手紙を送る相手もいないので、さほど有益な情報ではないのだけれど。


「……」


 手紙をひっくり返す。質のいい紙で出来た封筒は、湿気しけてはいたがしっかりと封がなされていた。刻印はカメリア――いちおうの実家であるイヴェル家のものだ。

 何気なく開封された痕跡の有無を確かめてしまったことをおそらくアンはきづいていただろうが何も言わなかった。ペーパーナイフで切り開くと数枚の紙が入っていた。見慣れた筆致に義父であるイヴェル侯爵が書いたものであるとわかった。


「……え」


 文面としては他人に読まれることを警戒しているのか、元気でやっているのか――連絡が遅れてすまない、などの親から子への愛情らしきものがあからさまに示されたわざとらしい内容だ。読んでいてうんざりしすぎて、暖炉に火でも入っていれば燃やしてしまいたいほどだった。

 そんなことを言いたいがために手紙まで書いて送って来たとは考えにくい――ということは。最後まで読み進めるとその目的が判明した。


『どうか、もう一度シルフィール、おまえの顔を見て話したい。一度、イヴェル侯爵邸への里帰りを願い出てもらえないだろうか――について、相談もしたい』


 里帰り――ひとたび、この島に入ったら出ることは叶わないとか言っていたくせに何を言っているのだろうか。

 その「出られない」の意味としては嫁入りすれば死ぬ、ということを遠回しに言っていたにすぎないというわけか。


「あの件……ねえ」


 クロード王も気にしていた、令嬢シルフィール・イヴェルの本来の姿についてである。

 シルフィールはイヴェル家のずうずうしさに辟易しつつ、その魂胆も見抜いていた。ローズレイ家で暮らしているシルフィールがぴんぴんしており、さらに贅沢なドレスまで与えられたのを見て気づいたのだ。


 この縁談が悪くはないどころか、良縁であったことに――。


 くしゃりと握りつぶした手紙のしわを丁寧に伸ばした。

 所詮、シルフィールは身代わりで嫁に来た偽物の【蕾姫】なのだ。ローズレイ公爵も、ルイも……本当のことを知れば失望し、シルフィールを追い出すだろう。この手紙を黙殺し、なかったことにすることも頭をよぎったが今度は、告発をローズレイ公爵本人に送達しかねない。


 そうすれば――シルフィールは殺されてしまうかもしれない。

 彼らを騙し、欺いたのだから当然だ。それくらいなら、まだ――。


 沈鬱な表情を浮かべるシルフィールのようすを、アンが心配そうに見つめていた。

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