07 青炎

「させるわけないでしょ、たかだか【】風情に」


 ぎゃああぁああぁああ、と歪んだ悲鳴が室内に響いた。


 青い炎が轟轟と音を立てながら、シルフィールに群がろうとしていたモノたちの腐敗しきった肉体を焼き尽くす。

 爆ぜる焔の向こうに、漆黒の影が見えた。

 ゆったりとした足取りでシルフィールのもとへ近づいて来る。ひらりと彼が纏っていた裾の長い外套がはためいた。


「どこ行ったかと思えば、こんなしょうもないのに捕まっちゃったんだ……? ほんとにあんたはどんくさいなあ」

「ルイ……?」


 床に這いつくばったシルフィールの前に、ルイがしゃがみこんだ。紅い眸がじいっと此方を見つめている。


「……だからあんたを外出させるの、嫌だったんだよねえ。シルフィーは、俺の花嫁に――【蕾姫】になったことで、いっそう悪いモノを引き寄せやすくなっている。匂いが強くなってるから」


 ぱちぱちと糧を得て延焼する焔の音が響いている。青い火は不思議なことに家屋などには燃え移らず、標的となった躯たちのみを燃やしていた。


「……苦しいでしょ」


 さら、とシルフィールの耳の横で掻き上げられた髪が揺れた。くすぐったい、目を細めるとルイが息を吐いた。


「死ぬ一歩手前まで、精気が吸われている――下等な連中は加減を知らないから……死ぬまで貪りつくす。精神も肉体も」


 可哀想に、と囁くように言ってルイはシルフィールを抱き起こした。

 人形のように端正な顔立ちには激しい怒りが滲んでいるように見えた。すべてシルフィールの気のせいかもしれないけれど。


 声が出せない――。

 ありがとう、と言いたかったのに……唇が戦慄わなないただけだった。そんなシルフィールの姿を見て、ルイは舌打ちした。


「ほんと、人のものに手を出してくれちゃってさぁ――」

「っん……う」


 口づけられた途端、熱い吐息が吹き込まれた。


 キスというよりかは呼吸の補助に近しいその行為のおかげで、身体の内側がぶわりと温もったのが感じられた。ふだん、シルフィールがルイにするのとは真逆で……何か熱いものが流れ込んでくる。


 唇を離した瞬間、わずかに顔色が良くなったシルフィールを見て――今度は軽く、ちゅっと音が立つ程度のキスをルイは落とした。


 そのままシルフィールを抱えると、家屋の外へと歩き出した。


「……ねえ。聞こえてなくてもいいけど、いちおう教えとく。あんたを襲ったのは【】」

「なれの、はて……?」


 ただ、ルイの言った言葉を繰り返しシルフィールは瞬きをした。


「……この島に棲む悪しきモノが入り込んだしかばねのことを、俺たちはそう言ってる。危険なんだよ、此処は――間違えると、喰われる」


 ルイの声を聞きながら、薄れゆく意識を繋ぎとめようとぎゅっと腕にしがみついたシルフィールに「いいよ」と優しく声をかけた。


「あんたは眠ってていいから……何もかも、全部夢にしてしまえばいい」


 ひややかだといつも思う声音なのに、滑らかで穏やかで――心地好くて、とうとう瞼が閉じるのを止めることは出来なかった。

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