06 呼び声の正体
くすくすと笑い声が響いていた。
幼い子供のような声だ。
ただそのことに安堵するのではなく、ぞっと背筋が寒くなったのは何故だろう。床に倒れ伏しながら羽根よりも軽いその声音をシルフィールは聞いていた。
『シル……フィー…ル、って言うんだって』
『ふうん。これが薔薇の花嫁なんだ』
男の子と女の子のようだ。
彼らふたりが交互に話をしているらしい。顔を上げられないから姿を確認することが出来ない。身体が重く、怠い。この感覚にはおぼえがあるのに、どうしてだか答えを見つけられずもどかしかった。
『蕾姫さまだ……ふふふっ』
『いいにおいだもんね』
まるで理解することを拒んでいるかのような。
ぱたぱたぱた、と軽い足音が部屋の中を移動している。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。そうかと思えばシルフィールのそばでぴたりと止まった。
『おいしそう』
欲が滲んだその声に、ぴしりと身体が
『ねえ、そろそろたべちゃわない?』
『ええ? もう……食いしん坊だなあ』
何を食べるというのか。
この子供たちは何者なのか。
答えにたどり着いてはいるのに否定したがっていた。そんなことあるわけがない。違う。必死に否定する根拠を見つけようとしても何も疑わない。
そうだ――目を開けて、確かめてみれば。
シルフィールはうっすら瞼を持ち上げ、目にした瞬間に凍り付いた。
『食べる前にはお祈りをしないとね?』
『そうだった、あはははははははははははっははあっははは!』
そこにいたのは真っ青な顔の子供たち――顔の半分が腐り果て、骨がむき出しになっている。空っぽの眼窩からはどろりと溶けた眼球が零れ落ちそうだった。
「っ……!」
悲鳴を押し殺し、なけなしの力を振り絞ってシルフィールは顔を背けた。
それらの声は歪みひしゃげ、子供のものとは思えないほどに低くなったり高くなったりを繰り返していた。いびつな笑い声が耳にこびりついて離れない。
どうしよう――どうすれば。
この子たちは、シルフィールを「食べる」つもりなのだ。
ぞっと全身を恐れが支配し、いっそう身動きが取れなくなった。走って。急いで逃げればなんとかなるかもしれない。そう奮い立たせようとしても、無理だった。押しつぶされそうな力で床に押さえつけられている。
『ねえ』
『うん』
『蕾姫、起きちゃったね』
『目が醒めちゃったんだ。かわいそうに』
『きっと痛いよね。肉をちぎって剥いでむしゃむしゃ食べられるんだもん』
『ははっ、気持ちがいいかもしれないよ? だって薔薇の公子にいつもいじめられてるだろうし……』
どうしよう、気づかれている――動け、動きなさい!
必死に命令しても身体はぴくりとも動かなかった。嫌だ、こんなところで死にたくない。帰るところなんてなくても、死にたいわけではない。
食べられるなんて御免だ。それに自分は――この子たちの
「っ、ルイ……!」
――助けて。
掠れた声で彼を呼ぶ。
届くはずがない。わかっている。わかってはいても頼れるのは彼しかいないのだ。
『さぁて、邪魔が入る前に食べちゃお。ぼくは頭から胸まで、おまえは爪先と脚。お腹はなかよくわけあおうね』
『ずるーい、私も胸のお肉食べたいよぉ』
『仕方ないなぁ。じゃあまず胸から一緒に食べよっか』
せーの、と彼らは声を合わせた。
『いただきま――』
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