05 迷子の蕾
とっぷりと暮れた町のなか同じような白い建物が立ち並ぶ通りをシルフィールは歩いていた。ぼうっと青白い光があちこちに灯るさまは幻想的で美しい――そう思えていたはずだ、本来ならば。
「此処、どこ……?」
ルイとはぐれてさえいなければ。
『……シル……フィール……』
彼から離れたのは、ほんのわずかな間だった。
逃げようとかそういう意図もなく、ただ――呼ばれたような気がしたのだ。
はっと顔を上げ、声の方向を探し彷徨い歩く。
ちょうどそのときルイは顔なじみの青年に話しかけられ、青光石の採掘に関する相談に乗っていた。なんでも、近頃勝手にこの島――
いちおう言い訳をしておくと、話に興味がなかったわけではない。ただ行かねばならない、そんな気がしてしまったのだ。
ちかちかと頭の中で点滅する光が、町中でふわりと浮かぶ青光石の瞬きに重なる。
青。水底のような美しい揺らめき。
そしてふと気づいたときには、どこにもルイの姿も彼と話していた若者の姿も見えず――それどころか領民も見当たらなかった。どうやら町はずれの方にまで来たようで、白い建物群にも
物言わぬそれらは巨大な動物の骨のようにも見えて気味が悪かった。
「……とにかく、戻らなきゃ」
どうして、と頭の中で声がする。
――このまま逃げてしまえばいいじゃない。だって「化物公爵」から逃げたかったんでしょう? いまは絶好の機会なのに。
逃げる。
その選択肢が頭に浮かび上がり、すぐに沈んだ。
どこに逃げるというのか。シルフィールは天涯孤独の身の上だ。帰る場所さえない。それぐらいなら供物のような扱いではあれど、ルイの妻として暮らした方がずっといいはずだ。
ヴェリテ城で【蕾姫】として数日過ごせば、そんなことに気付かないままではいられなかった。労働を強いられることもなく、穏やかな日常――唯一苦痛と言えるのはルイに精気と血液を分け与えるという行為だけで――。
――それは嘘。本当は気持ちがいい、って思っているくせに。
うるさい。自分の頭の中の声に言い返した。自分相手だからって言っていいことと悪いことがあるでしょうに。
『シ……フィ……ル』
また、この声だ。
ふわ、とふたたび意識が途切れそうになる。
口調はひどく穏やかなのに言うことを聞かねばならないような気がしてくるのが不思議だった。こちらへ、と手招きするように繰り返し名前を呼ばれるうちに、勝手に足が動き始めた。
白い群れの中からひっそりと静まり返った一軒の家の前にシルフィールは立つ。
声はこの中から聞こえるみたいだった。ドアノブに手を掛けると、何の抵抗もなくすんなりと開いた。
かちゃり、と静かな室内に音が響く。
――誰、どうして私の名前を知っているの。
その問いへの答えは返ってくることはなかった。
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