03 初めての外出
長く薄暗い廊下――地下港から続く階段とよく似た雰囲気だ――を抜けた先に、光が見えた。外だと直感する。
否応なしに胸が高鳴った。窓もなく息苦しい城からようやく、出ることがかなうのだという気持ちがシルフィールの足取りを軽くしていた。
城の淀み凝ったような空気からついに解放される――そう思ったのも束の間、念願の新鮮な外気は、じっとりと肌に張り付く湿気となってシルフィールの髪を濡らした。
曇天――頭上にはふとした拍子に泣き出しそうな空がある。
せっかくの外出なのに、とシルフィールが肩を落としたのを見てルイはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「言い忘れてたんだけどさ、このへん――つまりはローズレイ領のことだけど、ほぼ毎日曇りなんだよ」
「……えっ」
「だから陽の光が必要な植物は育ちにくいんだ……あんたの実家であるイヴェル領から野菜も花も仕入れることが多いんだ」
久々に陽の光を浴びられる、そう思っていたのに。楽しみのひとつが消え、落胆しているだろうシルフィールをにやにやとルイが眺めていた――唇に嗜虐的な笑みを浮かべて。
「……でも、よかったです」
「ん? 何が」
落ち込んだようすからぱっと姿勢を正したシルフィールを見て、ルイは首を傾げた。
「ええっと、ルイや公爵には太陽の光って、その……天敵みたいなものでしょう? この島が曇っていた方があなた達にとっては活動しやすいだろうし」
「――ふうん」
奇妙なものを見た、とでも言いたげにルイは目を細めた。
「な、なんですか」
「いや――何も?」
シルフィールにこれ以上言及することなく、ルイは歩き出した。
城内と繋がっていたのは切り立った崖の上にある洞窟で、さらにその上に黒い石で築かれた古城が見えた。
あれがヴェリテ城の外観なのだろう――初めてみた居城の姿に思わず呆然とする。美しい、というよりは古びていて……言葉を選ばず言えば荒廃していた。巨大というわけではなく大きな屋敷一棟程度の規模に見えるのだが、あの地下空洞や港を含めればかなりの規模であることが推察できる。
「このあたりは禁足地だ――領民はまず近寄らないんだけれど、城へ通じる道はこんなふうに隠されている。あんたはいかにもどんくさそうだし……自分ひとりじゃまず帰れないだろうねえ」
振り返れば確かに自分たちが出てきたはずの入り口は、影も形もなかった。これではどこから入ればいいのかわからない――と思ったところで、ルイがシルフィールをひょいと抱え上げた。
「あの……」
「くれぐれも俺から離れないように、しっかり掴まっていること。あとで拾いに行くのも面倒だしね」
「は……い、っ――⁉」
なんのためらいもなく、ルイは崖から跳んだ。
悲鳴さえも呑み込んで、急降下する身体にずんと負荷がかかる。下へ下へと墜落させるために巨大な手で押しつぶされているかのような感覚に陥る。
「あっははははは! 楽しいねえ、シルフィー!」
「っ~~~~」
口を開けば舌を噛む。
むしろこのままでは地面に激突して死ぬ。
狂ったような笑い声の中、あと数拍で墜落死する思った瞬間――いきなり落下速度がゆっくりになった。ふわりふわりと蒲公英の綿毛のように、やわらかくルイは地面に着地する。
「はあ、楽しかった」
「は……? 楽し……?」
何を言っているんだ、こいつは。
いまだに身体がぶるぶる震えているし、もう降りても大丈夫だよと言われても立てる気がしなくてルイにしがみついているというのに。
真っ青な顔でシルフィールがルイを睨みつけると、愉しそうに口元をゆがめたのがわかった。
ルイは間違いなく、シルフィールが怖がることをわかっていてやったのだ。
行き場のない怒りと動揺をぶつけるべく胸を叩いてやると、いたた、とちっともそう思ってはいなさそうな声音でルイは痛がってみせた。
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