02 シャトー・ヴェリテ

「この島は、ローズレイ公爵家の唯一の領地、通称【真実の城シャトー・ヴェリテ】。だから、この城のこともヴェリテ城と安直に呼んでいる。言っておくけど由来は知らないよ、俺たちが追いやられる前からこの島はそう呼ばれていた」


 薄暗い城内の廊下を歩きながら、ルイは言った。


「俺たち……って」

「しかし陰気な城だよねえ、あんたもそう思うでしょ」


 シルフィールの問いにルイは答える気はないようだった。まあいい。シルフィールは従うことにも慣れているし、好奇心に蓋をすることも得意なのだ、本来は。ため息をひとつ零して、彼のあとに黙ってついていく。


「出入口は此処、あんたがこないだ脱走しようとした地下港に続く扉――と」


 ルイがくるりと向きを変えたのでシルフィールは驚いた。ぼうっとしていたシルフィールの腕を取ると自分の腕に絡ませ、たったいま目にしたばかりの港へ繋がる出口とは真逆の方向に歩いていく。

 頭の中で地図を展開する――この先には、確かしかない。


 がたん、と大きな音を立てて扉が開く。

 青白い星の輝きにも似た光が、天井から降り注ぐ――地下墓所、もとい広間。

 件の婚礼の儀のあとは何となく足を向ける気にもならなかった場所だが、シルフィールの躊躇にもお構いなしにルイは奥へと歩みを進めていった。


 婚礼の儀で使ったのはどれだろう、などとシルフィールが考えているうちにルイが立ち止まった。まさかもう一度あの儀式をさせられるわけでもないだろうし、どういうつもりだろうか。


 真意を測りかねていると、ルイはひとつの石棺の前に立った。

 壁際に立てかけられた石棺のうち、最も大きなものがわずかに蓋がずれている。それに触れるとさらに大きく蓋を左にずらした。ぎぎ、と石と床が擦れる音にシルフィールは顔をしかめた。


「……えっ?」


 石棺の中を覗き込むと、ちょうど人ひとりが通れるほどの大きさの扉があることに気付いた。


「まさかこんなところに……」

「あは。気付かなかっただろう? 此処からならシルフィーにだってすぐ脱出できたかもしれないのに、残念だったね」


 そう言ってルイは肩を竦める。確かに事前にこの扉を見つけていれば、外にこっそり出ることは不可能ではなかったかもしれない、が――それほど容易にシルフィールごときが出し抜ける相手ではない気がした。


 薔薇の一族であるローズレイ公爵も、ルイも不老不死を除いたとしても底知れない何かを隠し持っていそうである。

 それに彼らの眷属とされる使用人二名も、たったふたりきりでこの城を切り盛りできているのだから……シルフィールの見えないところで何らかの力を発揮しているに違いなかった。


「……ところで、最近ルイ様が私に言う『シルフィー』って何ですか?」

「何って、愛称だよ。俺たちは親密な仲だから他の者とは違う呼び方をしないとね」


 百年眠りこける特異体質の持ち主でも交際を始めたばかりの若者のようなことを言いだすのかと驚いてしまった。

 シルフィールは恋人がいたことはないが、イヴェル家でもメイドと従僕で付き合っていた同僚たちがこっそり愛称で呼び合っていたことを思い出す。


「だから、特別にシルフィーには『様』なしで呼ぶことを許してあげるよ」

「はあ……そうですか」


 だから何、という感じだが――使用人たち以外にも気安く話して良いという相手が現れたということだ。

 元メイドのただのシルフィールとしてはそんなことは恐れ多いのだけれど……ローズレイ家に嫁いだ令嬢、シルフィール・イヴェルならさらっと呼んだ方が自然かもしれない。まあ、一応夫婦だしいいということにするか。


「――ルイ、早く行きましょう」

「ふふふ。いいねえ、いかにも新婚って感じだ」


 何のことやら、と思いながらもシルフィールはルイに手を引かれて石棺の中の扉をくぐったのだった。

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