08 婚礼の儀 -2-
そこは、思っていたよりもはるかに真っ暗な闇の中だった。
蓋が開いていたときはそれほど窮屈だとは思わなかったのに、閉じてしまいとどうしても閉塞感が増す。空気が出入りする隙間こそあるのだけれど、息苦しさは変わらない。
それに、距離が近い――幼子のように抱え込まれ、背中に手が回されている。
やたらとうるさいのはシルフィールの心音と呼吸音だけで、ルイはいたって静かなものだ。本当に生きているのか疑わしく思えるほどに――。
「……?」
ふわ、と青い光が石棺の中に灯されたことにシルフィールは気が付いた。
まるで海に潜ったときのような深い青光がちかちかと石棺の中で煌めいている。ほの青く照らされたルイの顔と、彼の手の上に収まる小さな輝石を見比べる。
青光石――ローズレイ領でしか採掘されない不思議な鉱石がそこにはあった。
「少しはマシなんじゃないかな、ってね。たとえこんなのでもさ、あるのとないのとじゃ」
ひねた口調でルイは言う。強くはないが弱くもない青光が、石棺の中をやわらかく照らした。
「ありがとう、ございます……」
「――あんたのためってわけじゃない。暗いと不便だからね、何をするにも」
悪戯に背を撫でたルイの左手にぶるりと身を震わせた。ふたたび吸血されるのだろうか。それとももっと、シルフィールでは思いつきもしないような酷い目に遭わされるのかもしれない。精気を吸い取るとはいかようにして――?
考えれば考えるほどに怖くなる。ぎゅっと目を瞑ったシルフィールを見下ろして、ルイはかすかに笑った気がした。
「無防備だなあ。そんな風にされると、お好きなように召し上がれ、とでも言われてるみたいに感じるよ」
「そういうつもりではちっともございませんがっ」
とりあえず否定しておこう。
そもそもシルフィールは彼の
真面目に返せば気が利かないと呆れられるだろうし、難しいのだ――高貴な方との会話というのは。この城に来て、それが身に沁みている。
「俺も、あんたを殺したいわけじゃあない。これは我慢比べみたいなものだからね」
狭い石棺に満ちるむせかえるような薔薇の芳香の中で、ルイは言った。
彼の手はまだ、なだめるようにシルフィールの背中を撫でている。まるで飼い猫か何かにでもなったかのような心地にもなってきた。そして意外なことに……少し眠くなってきた。
時間も時間だから当然ではあるのだが、こんな狭い棺の中で、ルイの腕に抱かれながら眠気に襲われるとは。頭の中はぼんやりしていたのだけれど混乱してもいた。
「おーい、ほんとに眠そうだね。あんなに怖がってたかと思えば……あんたってわりと肝が据わっている。興味深いよそれなりに」
からかうような口調であるのに、背中を撫でる手つきは優しい。
ルイはシルフィールの髪を優しく撫でて解きほぐし、器用にも髪飾りを引き抜いてしまった。まずい、完全に気が緩んでいた。頭の皮膚をきりきりと引っ張っていた髪留めまで外されると、張り詰めていた緊張の糸が断ち切れてしまう。
「ルイ、様……」
「ふやけた声だ。可愛い」
ちゅ、と額に唇が押し当てられた――途端に、全身からがくりと力が抜けたのがわかった。深い深い眠りの底に叩き落されようとしているかのように、手足がシルフィールの命令を無視する。指一本さえ、ろくに動かせなかった。
このままでは、だめだ……そう思うのに、瞼は自然と重くなる。
眠ってしまっては、もう二度と目覚めることはないかもしれないのに。
全身から血を抜かれ、ひからびてしまうかもしれないのに。眠っちゃえばいいのに、と誘う甘い声に抗うことが出来ない。とん、とん、と赤子にするようにルイはシルフィールの背中を叩いている。
とん、とん、とん……。
緩やかなリズムに身体を委ねているうちに、シルフィールの意識は甘い花の香の中、奥底へと沈み込んでいった。
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