07 婚礼の儀 -1-

 全身が漆黒に染まったドレス――シルフィールがヴェリテ城に来た時に纏っていた花嫁衣裳を身に纏い、黒のヴェールで顔を覆う。アンは静かに「素敵ですわ」とだけ言って微笑んだ。


 あの、広間に向かうまでの長い長い廊下を歩いているときのシルフィールは、処刑台に赴く死刑囚の心持だった。冷ややかな石の床を高い踵の靴ハイヒールがこつんこつんと叩く。


 眩暈を堪えながら、よろけないように必死に前に進むとぞっとするような寒気が背筋を撫でた。

 先導していたアンが足を止め、言った。


「【蕾姫】様がいらっしゃいました」


 ぎい、と扉が開いてその中へとアンが足を踏み入れる。

 行きたくない。それなのに足が勝手に動いていた。かつん、こつん。石の床を叩きながらシルフィールは自らの処刑台を上り始めた。


 昨夜見たのと同じ石棺が、変わることなくずらりと壁に立て掛けられて並んでいる。それらの前に一基だけが床に置かれていた。ごく、とシルフィールは唾を飲み込む。


 の中に入るのだ、と理解わかってしまった。汗ばんだ掌をそっとスカートで拭った。


「ようこそ、シルフィール・イヴェル嬢――それでは婚礼の儀を執り行う」


 ローズレイ公爵は厳粛な空気が流れるこの「墓所」でそう宣言した。シルフィールを含め、誰もが婚礼にはふさわしくない喪服のような衣装をその身に纏っている。普段は白を基調としたカトルとアンも漆黒の装束を着ていた。

 ルイも当然のように鴉の羽根のような黒々とした上着を羽織り、タイを深紅の宝玉で留めている。


 公爵の前にシルフィールとルイが並ぶと、目の前に黄金の杯を差し出された。

 受け取ったそれらをふたりで分け合って飲む――紅い液体はヴァンのようで、喉を通るときひりつくような感覚を覚えた。舌の上で酸味と渋みが混ざり合う。


 強いアルコールのせいで、くらりと頭が揺れそうになったがなんとか押しとどめた。


「我がローズレイ家の花嫁として、シルフィール嬢を迎え入れよう。明日、ふたたび君の笑顔が見られることを心から望んでいるよ」


 そう言って、ローズレイ公爵は恭しくシルフィールの手を取り、甲に口づけた。その間ずっとルイは黙ったまま、公爵を睨みつけていた。

 ぎい、と陰鬱な音を立てながら棺桶の蓋がずらされる。搔いていた汗が一気に冷たくなって、シルフィールは寒気をおぼえた。いまから自分はこの中に入るのだ――彼、ルイ・ローズレイと共に。


「少しでも寝心地がよくなるように、クッションとそれから薔薇の花を敷き詰めておきました」

「あ、ありがとう……」


 どや、と言いたげなアンにお礼を言う。

 寝心地とかそういう問題なのだろうか、これは。ただ想像していたよりも石棺の中は余裕がありそうだ――二人で横たわってもまだすこし空間ができるくらいには。


「仕方ない、か。毎度のこととはいえ面倒だな、この黴臭かびくさい風習……」


 ルイが、はあ、とため息を吐いた。慣れた様子でまたぐと、石棺の中に片膝を立てて座る。


「ほら、あんたもおいで――観念してさ」


 シルフィールが逃げ出したことも話が言っているのだろう。見つめる深紅の眸は冷ややかだった。ためらいながらも差し出された手を取って、シルフィールも中に入り――抱きしめられながら、棺桶の中に横たわる。


「……あは、すごい心臓の音。俺にはもうない音だから新鮮だなぁ」


 恐怖のあまり声も出せないシルフィールの頭をぽんぽんと労わるようにルイは撫でた。大丈夫大丈夫、と恐怖を抱かせている本人から言われてもちっとも効果はないのだけれど。細身ながらも筋肉のついた腕に抱かれていると、すこしずつ落ち着いてきた。

 狭い石棺の中に、かぐわしい薔薇の芳香が漂っている。


「それでは、おやすみ――薔薇の公子と蕾姫」


 蓋がぎぎぎ、とこすれあいながら動かされてがたんと止まる。

 視界は完全に閉ざされ、シルフィールは暗闇の中に囚われた。

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