第9話 Dimension Revolve

ふと、右側のテーブルを見るとロレックスの時計をつけた男性と、GUCCIのショルダーバッグを身につけた、一組の男女がバンドの演奏を聞いていた。


私は、なぜか彼らのことが気になって仕方がない。

擦り傷のあとに出来たカサブタを、一度掻き始めたら血が滲むまで掻きむしってしまうように、二人を盗み見てしまう。


いつかのクリスマスに、私と恋人もこの店にいた。

ちょうど彼らがいた席に座り、バンドが演奏する、

ワルツ・フォー・デビーを聴いていたのだ。


同じ店、同じ曲、同じクリスマスの夜。

ただ時間と、座っいる人間だけが違う。


彼らは今、その空間にいて、私は今、この空間にいるんだ。


”なに、どうしてこの後、クリスマスの夜に一緒に居れないの”

あの時、私は恋人にそう言って詰め寄った。


今でも脳内で再生されると、心が締め付けられるシーンが記憶の底から自動再生される。


いさかいのきっかけとなった些細な言葉が、今の私を打ちのめす。


”やばいな”


心臓が速く鼓動を打ち始めて、血圧が上がっていくのがわかる。

体が熱くなり、意識が朦朧としてきた。


”カタン”

と頭の奥で小さな金属音が聞こえた。

視界がかすみ、意識が遠くなる。


”からからかから・・”

眠い・・とても眠い。


”からからから・・”

なんの音だろう?


・・・・・・・・・・・・・・


「どうしてこの後、クリスマスの夜に一緒に居れないの!」

私は女の大声で目を覚ました。

多くの客が男の方を見た。


ロレックスをつけた男は、必死に弁解している。

「いや・・・そんなこと言っても・・」


女の顔はよく見えないけれど、グッチのマセラッティショルダーバッグの口のファスナーにかかった細い指は見える。


「声が大きいよ、急に仕事が入っんだ」

「あなたは都合が悪くなるとすぐ仕事仕事って、なのに会社の電話番号も教えてくれない」


同じお店、同じビル・エヴァンズのワルツ・フォー・デビー、

隣のテーブルのやりとりは、まるで数年前の私たちの会話そのもの。

まるで同じ時間がそっくりそのままだ。


「仕方ないじゃないか、会社の電話番号なんて今まで聞いたことなかったじゃないか」

「仕事がからむとあなたはなんでも許されると思ってる。私はいつも仕事の次なのよ」

「君に心配かけたくないから教えなかったんだよ」


女は、バッグファスナーをあけて、

なかから回転式の拳銃・・S&W642をとり出した。

女は弾の入っていない弾倉をくるくるを回した。


”ダメだ、ダメだよ”


カラカラと、銃の弾倉がまわる。

「大丈夫、リボルブしてるだけ」

女はそう言って立ち上がり、私の方を見た。

私は女と目が合った。


「!!」


私は女の顔を見て心臓が張り裂けるほど、驚いた。

女の顔は、私自身。

「あなたの空間をリボルブしただけよ」

女はそう言って、耳まで裂けた口を歪めて、恐ろしい笑い声をあげた。

続く


















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