第8話 思い出とは残酷なものね

静かな笑い声が聞こえ、

かちんというグラスを合わせる音が、

あちらこちらでひっきりなしに聞こえている。

そのほとんどが二人連れの男女で、一人は私くらいのものだ。


”遠くから見ると、大概のものは綺麗に見える”


人間というものは、

それぞれが、それぞれに事情を抱えている。

誰も傷つけない恋なんて存在するのだろうか。



テーブルに、氷たっぷりのジンが運ばれてきた。

ライムの香りが心地よい。


私は、腰のくびれがはっきり見える赤いワンピースを身につけて、

肩からふんわりとしたグレーのショールを巻いて。

テーブルに肘をついて静かに男を待った。


”違和感”


ずっと右の方が寂しく感じると思っていた。

いつもこの店にくる時は、別れた恋人が、

右がわにいた事に思い当たった。

心が凍結で気なかった原因はこれかと腑に落ちた。


思い出とは、残酷なものね。

特に良い思い出ほど。



小さなステージにバンドが現れて、

ジャズピアニスト、ビル・エヴァンズの曲、

Our Love is Here to Stay を演奏し始めた、

ライブは続く。


”やばい”


気がつくと、恋人とまさにこの店で聴いた曲

Waltz for Debbyが始まった。

コントラバスとピアノで始まるシンプルで素敵な曲だ。


心が揺れる・・・


私は、心を開かないように、

再び”儀式”を始めた。

続く

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