よければ、手伝わせてください

 お父様が帰った後。

 わたくしは部屋で一人、ぼんやりと窓の外を眺めていました。


 うん、いやまあ、嫁入りしたんだから置いて行かれるのは当然なんだけど。

 まだ心の整理が追いついていないというか、落ち着かないというか。

 一人で、今日あったばかりの連中のなかに置き去りにされるとまでは想像していなかったというか。

 お父様も忙しいはずだし、お母様もお姉様の婚約で手が離せないだろうし。


 そりゃあ、出来の悪い娘の嫁入りなんかに構っていられないのでしょうけれども。

 お父様はああ言ってたけど、言ってみればどこの誰だかわからない、遠い南の大陸の元貴族というだけの得体のしれない相手との婚姻なんて、かまけている余裕はないのでしょう。


 本当に……一人になってしまいました。



この先、わたくしは一人でやっていけるのでしょうか。

いえ一人じゃないですけれども。

海賊の嫁として、なにをすればいいのでしょうか?


 窓の外では、カリカとスプの二人が、倉庫にしている小屋に荷物を運び込んでいるのが見えます。

 ドゥナルさんの話だと、明日には船に戻るそうです。

 ここから持ち出す荷物をまとめたり、片付けているのでしょうか。


「今日の夜、なんだけど」


 わたくしがぼんやりしていると、ドゥナルさんが声をかけてきました。


「今部屋を片付けてるから、ちょっと待っててね」

「えっ」

「ワーリャさんが使ってたベッドでいいよね?

 ……ここ、部屋数が少なくてさ」

「あっ、はい」


 返事がどうしてもぎこちなくなってしまって、なんだか気まずいですわ。

 悪い人ではないのは、もうわかってはいるのですが。


「あ、あと」

「はい」

「今夜のゴハンだけど、なにがいい?」

「えっ」

「全部しまっちゃったからさ、食料。街まで行って買ってくるよ」

「あ、あの」


 どうしましょう。

 さっきから単語でしかお返事ができておりません。

 なにを言えばいいのかさっぱりですわ。

 ……お母様の言う通り、もっとちゃんと令嬢としての礼儀作法を身につけておけばよかった。こういうとき、もっと堂々と、きちんと対応ができたかもしれませんのに。


「んーと……」


 ドゥナルさんは、少し考えるように首を傾げました。

 アワアワしているだけの自分が少し恥ずかしいですわ。

 せめて、なにかお手伝いでもできれば────。


「まあ、適当においしそうなのを探してくるよ」

「えっ」

「待っててね。楽しみにしてて」

「あ、あの……」


 それだけ言うと、ドゥナルさんはフラッと出て行ってしまいました。

 ……また、わたくしだけが残されてしまいました。


 はあ。

 情けない。

 ドゥナルさんは夕食の買い出しに出かけてしまいましたし、カリカとスプの二人も仕事をしているというのに。

 わたくしだけこうしてボケーっとしていてもよいのでしょうか。


 そうですわ。

 せめて、片付けのお手伝いくらいはしなければ。

 そのくらいは、役に立つというところを見せなければ。────政略結婚だろうがなんだろうが、仕事もしない役立たずに居場所はありません。

 やって見せるしかねぇですわ。


 おもむろに外に出たわたくしは、倉庫の前で荷物を運んでいる二人に声を掛けました。


「よければ、手伝わせてください」

「えっ?」

「えっと……お嬢様が、ッスか?」


 戸惑うように顔を見合わせるカリカとスプ。

 

「や、でもこれ重たいッスよ」

「中に運べばいいんですのね?」


 そう言って、わたくしは外に積まれていた木箱を持ち上げました。

 ……結構、重たいですわね。

 ですが!これしきのことで根を上げるわたくしではありませんわ。


「危ないッスよ!荷物の片づけはオレたちに任せて……」

「お構いなく」


 心配そうに声をかけてくるカリカ。

 ですが、このくらいは働いて見せなければ。


 倉庫の中は、同じような木箱が山積みになっていました。

 どうにか空いているところに積み上げて、一息つきました。


「そこ、危ないから。崩れないようにつっかえ棒してる」

「えっ?」


 言われて見上げると、たしかにつっかえ棒が。

 縦に高く積み上げられた木箱が崩れないように、床と天井の間につっかえ棒が立てられています。

 荷物はつっかえ棒のおかげで、どうにか崩れずに上に乗っかっているようです。


「カリカは積み方が雑なんだよ。だからすぐ倉庫がいっぱいになるんだ」

「えー。この方が早いんだよー」


 スプに言われて口をとがらせるカリカ。

 相変わらず、仲がいいのか悪いのかわかりにくいですわ。


「とにかく、ここはオレたちでやるから。お嬢は休んでて」

「でも……」

「そうッスよー。荷物運びなんてお嬢のやることじゃねえッス」


 困りましたわ。

 仕事を手伝うつもりで部屋を出てきたというのに、むしろ邪魔者扱いされている気がしますわ。

 やはり力仕事を手伝うのは、逆に気を使われてしまうのでしょうか。


「それに、お頭が帰ってきて、お嬢に仕事させてるとこ見られたら、オレたち怒られるッスよ」

「お頭は別に怒らないだろ。サボってたらゴハン減らされるだけで」

「それ怒ってるって言うんだよ!」


 ああ、どうしたらいいのかしら。

 この二人を困らせてしまっては、意味がありません。


「わ、わかりましたわ。それなら、ほかになにかやることはありますか?」

「やること、ッスか?」


 困った顔で黙り込むスプとカリカ。

 ああ、マズいですわ。

 わたくしはなにも仕事をさせてもらえないのでしょうか。


「んじゃあ、洗濯物を干すのを手伝ってもらっていいッスか?」

「お洗濯ものですのね!わかりましたわ!」


 わたくしが元気いっぱいに言うと、スプはちょっと困った顔をしました。


「ちょっと、カリカ。お嬢様にそんなこと……」

「えーいーじゃん。やるって言ってくれてるんだしー」

「自分が楽しようとしてない?」

「んなことないッスよ!」


 言い合う二人をよそに、わたくしは裏庭をキョロキョロ見まわして……洗ったシーツやタオルの入ったカゴが置かれているのを見つけました。


「これを、干せばいいんですのね。

 ……ところで、干すというのはどのように」

「こっちッス!この木の竿を枝に渡して、そこにかけるだけッスよ」


 それを見ながら、スプはため息をつきました。


「あとでお頭に怒られるの、カリカだからな」


 カリカが手招きするすぐそばには、大きな木が2本。

 言われるまま、わたくしは置かれていた竿を手に取りました。

 そこそこ重たくて頑丈そうな竿。これなら、折れることもなさそうですね。


「わかりましたわ。おまかせくださいまし」 


 そう言いながら、わたくしはいそいそと洗濯物を広げ始めました。

 よかった。

 これでわたくしも、少しは役に立てそうですわ。



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