これが、海賊の食事なんですのね

 案内された部屋に入ると、いい匂いが鼻をくすぐりました。

 大きなテーブルの上には見たこともないような大きな鍋と、よくわからない海藻の入ったサラダボールが置かれています。


「お客さん来るから、今日のお昼ゴハンは御馳走なんだ」


 ちょっとテレくさそうに、ドゥナルさんが言いました。


「オレも手伝ったんッスよー!今日は失敗しなかったんスから」

「いつもは失敗してるって、自分で言ってるようなもんじゃないか」


 なぜかドヤ顔のカリカとスプ。

 相変わらず仲がよさそうと言うか、楽しそうというか。

 これで海賊って、言われなきゃわかりませんわ。


「お、釣ってきた魚をスープにしたのか」


 嬉しそうに席に着くお父様。


 そう言えば、今日は朝から歩きどおしでしたわ。

 いろいろと懸念はあるけれど、空腹には勝てません。

 勧められるまま、わたくしもその隣の席へつきました。


「ドゥナルくんは料理の腕もいいんだ。おかげで、ここにいる間毎日の食事が楽しみでね」

「昔から趣味でやってたから。魚料理だけは自信があるんだ」


 ドゥナルさんはニッコリとそう言って、スープをよそってくれました。

 初めて見る料理ですが、とてもおいしそうな香りです。


「さ。どうぞ」


 促されるままスプーンを手に取ると、横からお父様も顔を覗き込んできました。

 ドゥナルさんまで、じっとわたくしの反応を待っているかのように見つめてきます。


 正直、ちょっと食べにくいですわ。

 けど、香りも見た目も、悪くはなさそうです。

 おそるおそる、そっと掬って一口。


「……おいしい」


 わたくしがつぶやくと、ドゥナルさんはほっと笑顔になりました。

 お父様はなぜかドヤ顔でうなずいています。


 素朴な味わい、と言うのでしょうか。なにかの野菜とお魚、あとは塩とハーブでしょうか。とてもシンプルな味付けだけれど、丁寧に作られた感じのスープ。

 お屋敷にいた時もお魚料理はよく食べていましたが、これは知らない味ですわ。


「よかった。たくさんあるからね」


 ドゥナルさんはそう言って、自分も食べ始めました。

 カリカとスプもガチャガチャと食器を鳴らしながら盛大に食べ始めました。


「カリカ、スプ。今日はたくさん作ったから慌てなくていいよ」

「うス!」

「早く食べないと、カリカが全部食べちゃうだろ」


 口にほおばったままモゴモゴと答える二人に、ドゥナルさんは柔らかく笑いました。


 お屋敷での食事とは、まるで違う雰囲気。

 いつもはお父様が家にいないので、お母様とお姉様の3人での食事でした。

 お雇いの料理人が作るおいしい料理。しかし、貴族令嬢としての作法、マナーを厳しく叩きこまれながらの食事は、ゆっくり味わうというよりも勉強の一環のような雰囲気でした。


 これが、海賊の食事なんですのね。

 作法もマナーもあったもんじゃありませんし、ガチャガチャとうるさく、賑やかで騒がしい。

 けれど、嫌な感じはしませんわ。


「あのカリカとスプって二人は、ドゥナルくんの父親が、両親が死んで孤児だったのを引き取って育ててきたんだそうだ」


 スープをおかわりしながら、お父様が小声で言いました。


「ほかにも、捨て子だったり犯罪に巻き込まれて行き場をなくした連中をかくまって、養っているらしい。

 外から見れば『ならず者集団』でしかなくとも、彼らには彼らなりの理由と道理があるんだ」

「…………」


 没落した元貴族、それが海賊になるまでなにがあったのかはわかりません。

 ただ単に、海賊だから悪人、というイメージは、だいぶ間違っていたことだけは確かなようです。



 さて。

 お皿に山盛りあったサラダも、鍋いっぱいのスープもあっという間になくなりました。

 わたくしも思ったよりも多く食べてしまいました。

 カリカとスプはてきぱきと片づけを始めてしまい、ドゥナルさんはリンゴの皮をむいています。

 午後の、のんびりとした穏やかな時間がゆったりと過ぎていきます。


 まるで初めて会う人たちとの食事とは思えないくらい、穏やかで静かで。

 とても海賊の隠れ家とは思えないくらい平穏で。

 ────これが嫁入り前の、最後の食事になるなんて思っても見なくて。


 食後のお茶をいただきながら、お父様が窓の外を眺めて言いました。


「さて、無事にドゥナルくんとお前を引き合わせたわけだし、私は一度帰ることにするよ」

「え……?」


 あまりにも気軽に、立ち上がりながら言うお父様。


「長いこと家を空けてしまったし、マグレットの婚約のこともあるしな」

「で、でも……」


 ちょっと待ってくださいまし!

 まだ心の準備ができておりませんわ!


 もともとは、嫁入りのために来たのですから、こうなることはわかっていました。

 いずれお父様はお屋敷に戻らなくてはならないのだし、わたくしはここに残るのだと。

 わかってはいたのですが、いざその時が来ると、こう、心構えと言うものが……。


「なあに、お前なら大丈夫。ここでドゥナルくんと幸せにやっていきなさい」

「えっ……」


 それだけ言うと、お父様はわたくしと一緒に来たメイドを呼んで、帰り支度を始めてしまいました。

 そして、手短なお別れのあいさつの後には、わたくしは一人海賊の隠れ家に残されていました。

 お父様は、わたくしについてきたメイドと一緒に、足早に帰って行ってしまいました。



 なんか……なんというか。

 あまりにもあっさりというか、あっけないというか。

 

 ほんとうに、これでよかったのでしょうか?


「えっと」


 遠慮がちに、ドゥナルさんが口を開きました。


「まあ、なんか成り行きで結婚することになっちゃったけど、よろしくね」



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