ようは、政略結婚と言うことですのよね

 いくらいい人だとしても、所詮は海賊。

 ワーリャ家は内海でも歴史ある家柄の、最も大きな島を領有する貴族。

 たとえ次女のわたくしでも、身分が釣り合うとは思えません。

 ────そして、そのくらいお父様もわかってらっしゃるはず。


「あー……。

 それな」

「それなじゃありませんわ?!」


 すっとぼけた返答に、思わずツッコんでしまいましたわ。


「まあ、いいじゃないか。

 昔は大貴族だった我が家も、今じゃ御覧のあり様だ。家格がどうの、身分がどうのなんて言っていられる状況じゃない」

「それは……そうかも知れませんけど」

「大事なのは、身分よりも人。人柄だ。

 彼はいい奴だ。信頼できる。だからお前も安心して嫁に行ってくれ」


 お父様に勧められるまま、わたくしも紅茶を口にふくみました。

 いつもお屋敷で飲んでいる、東の諸島あたりで取れる紅茶の味。

 お父様の、ワーリャ家の古くからの取引先、そこからいつも買い入れてくる紅茶。


 お父様は、いつものように商売に出かけて、いつものように帰ってくる途中に、海賊に襲われたのでしょう。

 本当に、助けてくれたドゥナルさんには感謝しきれません。

 ですが…………。


「でも、どうして結婚なんですの?

 お礼をするだけなら、なにか品物を送るでもいいではありませんか」


 わたくしの問いに、お父様は頭をかきました。


「あー、まあ、アレだ、その……襲ってきた海賊っていうのが、商業国家群の私掠船でね」

「私掠船?」

「私掠船というのは、国や貴族から『海賊行為をしてもいい』という私掠許可証を貰って海賊をする船のことなんだ」


 何度か、お父様がお話しくださったことがありますわ。

 海賊の中にも、背後に他の貴族勢力や国家とつながっている者がいると。


「商業国家群って……そんなことまでするんですの?!」

「うちの領地はあの連中に狙われてるからねえ」


 なんだか急に物騒な話になってきましたわ?


「だから、商業国家群の私掠船にも恐れずに戦ってくれる、そんな海賊はぜひとも味方に加えておきたいんだ」

「…………」


「それだけじゃない。ドゥナルくんは、元は南の大陸の貴族の家柄らしいんだ。もっとも今は没落してしまっているそうだけどね」

「えっ?」


 元貴族の家柄?そんな人が海賊を?


「初耳ですわ!

 そういうことなら、もっと早く……手紙に書いておいてくださればよいものを」


 そうすれば、お姉様とわたくしとどちらが嫁入りするか、あれほど悩まずにすんだものを。

 ただの海賊ではなく、きちんとした家の人間であるのなら、ワーリャ家を背負うお姉様だって態度が違ったはずですわ。


「いやいや、その話をすると、ドゥナルくんが嫌がるんだよ」


 苦笑いしながらお父様は言いました。

 嫌がるとかそういう問題なんですの?


「とにかく、今のワーリャ家には、彼のような人物の力も必要なんだ。

 サイモン卿との婚約も同じ理由だ。今のワーリャ家だけでは、商業国家群には対抗できないからね」


 わたくしはため息をつきました。


「……ようは、政略結婚と言うことですのよね」

「有り体に言ってしまえば、そうなるな」


 貴族の令嬢に生まれた以上、自分の好きに結婚相手を決めることはできないのはわかっていました。

 今日だって、家の都合に振り回されるのはわかったうえで、ここまで来たつもりでした。

 まあ、自分が言い出したことでもあるのですが。

 お父様は少し困ったように笑いました。


「もちろん、誰でもいいというわけじゃないよ。娘であるお前たちを、大切に、幸せにしてくれる相手、というのは絶対条件だ」


 おそらく、お父様は本気でわたくしやマグレットお姉様のことを考えてくださっているのでしょう。

 普段は暢気でも、その点だけは信じてもよいと思います。


 ですが……。

 本当にこれでよかったのでしょうか。

 今のわたくしには、他の選択肢はないのはわかっているのですが、本当に嫁入り先が海賊でいいのでしょうか?


 もしかしたら、お父様は、命を助けられたという状況に流されているだけなのでは?

 暢気なお父様のことだから、案外ありうるかもしれなませんわ。

 でなければ、いくらいい人だからと言って海賊に娘を嫁がせるはずがありませんもの。



 そうこうしていると、ドアがノックされて、ドゥナルさんが顔をのぞかせました。


「おまたせ。お腹すいてるでしょ。お昼にしよう」

「おー、待ってました!」


 お父様はウキウキとたちあがりました。

 相変わらず暢気な、と思いながら、わたくしも立ち上がります。


 本当に、このまま海賊に嫁いでしまってよいのでしょうか。



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