正誤表と作戦会議と雑談②


 晶は、榛菜と練った作戦プランを大まかに話した。




「……以上だ。この作戦のかなめは二つ。


 証拠を押さえる。


 その証拠をもとに、改めて告発する。


 あ、念のために言うが僕らがここで言う告発は厳密な意味のものではなくて、便宜的に学校責任者へ報告することを指している」


「流石にわかってるから大丈夫だ」


「必ずしもタイムリミットがあるわけじゃないが、事件が風化すると関心が薄れる。なるべく早く決着したいから、二手に分かれて同時進行で行く。僕らの行動を完了させるのは、できれば2、3日以内が望ましい」


「まーた慌ただしくなりそうだな」


「でも今回は学校も塾も休まずに済みそうだね」


 さくらがほっと胸を撫で下ろした。


「まぁね、それはありがたい。それにしても……」凛太郎が飲み干したシェイクのコップを手持ち無沙汰に遊んでいる。

「榛菜ちゃんのおじいさんが西海大学の名誉教授だったなんてさ。言ってくれればもう少し何かできたかも知れないのに」


「言いたくなかったの!」口を尖らせた。「だって、おじいちゃんが大学の先生なのに孫がそこの中学受験失敗したんだよ? 気まずいじゃん! 恥ずかしいし」


「まぁそうかもしれないけど。じゃあ学校で会いたくないっていうのは小学校の時の知り合いじゃなくて、おじいさんのことだったのか?」


「そう。大学はもう引退したんだけど、東洋哲学の講和とか特別講義を中学校と高校でやってるんだって」


「あ、もしかして伊良部いらぶ先生?」


「そうそう! 知ってるの?」


「僕、あの人の授業受けてるよ。たまたま哲学を選択したけど、孔子と三国志を絡めた話をしててさ、すごく面白いし聴きやすい」


「なんかね、もともとは各学年に隔月で講義してたんだけど、あんまり人気だったから選択制で週一講義になったらしいよ。すごい自慢してた。私いないのに! まったく!」


「なるほど、そりゃ確かに見つかる可能性もあるな」


「だから嫌だったの!」


「いや、だったら言ってくれよ!」


「だから言いたくなかったの!」


「わけわかんねーよ!」


「お前らの探偵団、賑やかだな」


 康二が困ったような顔で健流に言う。こういう場面は慣れないのかもしれない。


 賑やかに言い合う二人に対して、晶は独り言を言っている。


「健流も面識があるなら、交渉には有利に働くかもしれない。いい材料が増えた」


「こっちはドライだな」


「多様性がある、ということだね」したり顔で健流が解説した。

「いろんなタイプの人間がいる方が、多くの問題に対応できるらしいよ。何かで読んだ」


 そんなもんかな、と言い合ってる二人を眺める。


「今回は中学校の偉い人と話をしないといけないっぽいから仕方なく教えたけど、内緒にしといてよ。あまり周りにも知られたくないから」榛菜は何となくモゴモゴしている。

「それに、まぁその、今回の話題的にもちょっと言いにくくて。実は大学で煙草が吸えるの、おじいちゃんのせいなんだよね……」


「はぁ?」


「おじいちゃんが大学で何か大変な仕事をしてる時に、あんまり疲れちゃったのでつい寝タバコしちゃって、その時にボヤを起こしかけたんだよ。煙草禁止の建物でそんなことしちゃったもんだから大問題になったんだけど、人気者だったから、伊良部先生のために喫煙場所作っておこうか、ってことになって」


「マジかよ。それで大学だけ煙草吸えるの?」


「実際には喫煙場所はちゃんと他にもあったらしいんだけど、研究室の近くにはなくって、おじいちゃん用に増やしたんだって。財布はすごく薄いんだけど人望が厚いお偉いさんだったみたい。じぃじはすごく反省して大学を辞めるつもりだったけど辞めるに辞めれなくなって、そのぶん研究も仕事も頑張って、名誉教授。ちょっと甘やかしてると思わない?」


「甘やかしてるというのか、どう考えればいいのか難しいな」


「同じ煙草のボヤでも立場によって結果が全然違うじゃない? かたや停学、かたや設備設置。ちょっと言い出しにくいなぁって」


「そのあたりは経営の都合だと思う」停学になった当人の健流がフォローする。「実績と人望がある教授を繋ぎ止めたい、みたいな。それに伊良部先生が作らせたってわけでもないんなら、やっぱり学校の都合だよ。僕は気にしてないから、そっちも気にしないで」


「うん。ありがとう」


「それに、あの人名誉教授だったんだね。もともとは大学の先生ってことしか聞いてなかったから、今日は納得した。たしかにあの人には先生でいてほしいかも」


 講義を思い出しているのか、考えながら言う。


「そんなに褒められると私も嬉しいけど、じぃじがそんなに偉い先生とは思わなかったなぁ」


「それ、勿体ないよ。もっと話を聞いておくと良いよ」


「私と話しているときは普通の、というか変なおじいちゃんになっちゃうから。そんな面白い話してくれるかな」


「もったいないといえばさ、お金の話になるけど、大学の先生って儲からないのか?」


 財布が薄いという話が気になったのか、凛太郎が質問した。


「いやー、部長だか学部長だかの時はそれなりにもらえたらしいんだけど、生活費以外は本と文献に消えたっておばあちゃんが言ってた。おばあちゃんも面白くてさ、『今の世の中で価値がある紙幣かみが歴史的価値がある文献かみになって、ばぁばのかみと老後の計画は白くなった』だって。苦労したんだねぇ」


「漫画に出てくる学者じゃん」


「そうだよ。海外の専門書もばんばん買うから、金額がとんでもないみたい。しかも大きくて分厚いから、床が抜けそうになるらしいよ。こないだ追加で本を置くためのコンテナを借りたんだって」


「コンテナに本を? 湿気とか大丈夫なのかな」


 湿気を吸った本はカビが生えたり虫が湧いたりする。さくらも本好きなので、扱いが気になるようだ。


「そういうところも無頓着だから、おばあちゃん困ってるみたい。本も借りっぱなしで毎年催促が来るんだってさ。別の県の大学図書館から」


「……なんか、本当に絵に描いたような学問一筋の学者さんだね」


 感心半分、呆れ半分でさくらがつぶやく。


「確かに。そういう一徹な学者だから人望があるのかも知れないし、名誉教授になれたんだろう」


 晶は感心するように頷いている。


「でも名誉教授って別にお金とか貰えないらしいよ」


「まぁ称号的なものだから。だからこそ価値があるし、その人の学問への貢献が知れるというものだよ。一線を退いたとしても、君のおじいさんは実際すごい人に違いない。お会いできるのが楽しみだ」


「晶くんも学者さんに甘いタイプみたいだね」榛菜は呆れる。「……期待してたら会った時にガッカリすると思うけど」


 電話で大はしゃぎしているじぃじを思い出して榛菜は頭の上にハテナを浮かべる。


「言ってはみたけど、あれで本当に偉い先生なのかなぁ……」

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