正誤表と作戦会議と雑談①

「……ってわけでさ」


 康二が話し終えると、晶は「なるほど」と呟いて天を仰いだ。


 西海中学校に潜入し、健流の嘘を見破り、康二の説得をした慌ただしい日の翌日。


 名無しの探偵たちに加えて、健流と康二の6人は塾の最寄駅近くのファミレスにいた。今日の塾の開始が遅いのでそれぞれの学校が終わってから集まっても十分時間があった。


 一通りの挨拶と自己紹介のあと、榛菜たちが知らなかったボヤ事件の前後について説明をうけたところだ。


「そんなひどいことがあったんだ……」


 口にしながら、あの日の『番号付き』たちの言動を思いだす。有耶無耶うやむやになったとはいえ、また実情は違ったとはいえ、助けてくれた後輩を何故あんなふうに扱えるのか信じられない思いだった。


「なんだ、お前また微妙に外したな」凛太郎が晶を揶揄からかう。

「タスポで家族を人質に取ったんじゃなかったのか?」


「前も言ったと思うが、金銭や痴情のもつれ以外の動機は予想なんかできない。とは言え、確かに考えられる要素ではあった」


「友情だね」さくらは目を潤ませながら付け加えた。

「お互いに庇いあったんだね。二人ともすごい」


 一時は早々に一ノ瀬康二がボヤの犯人だと決めてかかっていたさくらだったが、もう忘れているのかも知れない。


「それに、康二くんは健流くんに怒って連絡を避けてたんじゃなくて、巻き込みたくなくてそうしただけだったんだよ。晶くんは名探偵だけど、そういうところはなかなか気付いてくれないね」


 さくらの糾弾は手厳しい。


 晶は苦笑いしている。あの時点でそこまで想像するのは無理なんじゃないかと榛菜も思うが、流石の晶も今は反論しない。


「山岸さん、今日は厳しいな」


 凛太郎に助けを求めるが、彼も肩をすぼめるだけだ。諦めろ、こう言う時は黙って聞け、というのが彼の返事なのだろう。四人の姉と一人の妹、そして母を持つ男子サバイバーの意見だ。


「康二くんは健流くんに心配かけないようになんとか部活を続けようとしてたんだね」


 健流は康二が野球を続けたいことは知っていた。だから、少なくとも本人の意思なしに野球部を辞めさせられるのは避けたかった。


 康二は健流のせいで辞めるわけではないと言いたかった。だから、ボヤ事件をキッカケにして辞めるようなことはしたくなかった。


 彼女はきっと二人のそんな機微きびを感じ取ったから、余計にあの顧問や部員に腹を立てているのだろう、と榛菜は思った。


 当の康二と健流も思いがけないさくらの援護射撃に落ち着かない様子でいる。


 それに、晶達に話を聞いた時にはもっと乱暴な印象があったが、今の康二からはそんな雰囲気は感じられない。単純に女の子二人を意識しているのかも知れない。榛菜も何となく居心地が悪い。


「今考えると、ただ意地を張ってたんだなーと思う。君らのおかげで野球部を辞める踏ん切りがついた」


 ふと横を見ると、さくらの感動は深まるばかりのようだ。一方、榛菜は心配になる。また突拍子もないことをしでかさないだろうか。この子には前科があるからなぁ……。


「わたし、やっぱり顧問たちが許せない」


 案の定、潤んだ目に決意をたぎらせている。放っておいたら一人で西海中学校に乗り込んでそうな勢いだ。


「それについてなんだが」


 晶はやっと話題を変えるポイントを見つけたようだった。


「これでやっと全員揃ったし、今後の行動について考えたい」


「状況もはっきりしたしな」凛太郎が相槌を打つ。


「敵は野球部顧問、3年の喫煙者。その敵の協力者として一年の学年主任。目標は、いじめの常態化を告発し、3年を引退に追いやること。野球部顧問兼監督、柳田を解任すること」


「解雇は難しいの?」さくらの追加質問。


「私立中学校の先生の扱いについて詳しくないからわからない。公務員ではないから、各学校基準で解雇されるようだ。解雇までやるなら、白崎さんのおじいさんには相当に頑張ってもらわないといけない」


「ごめんね。あんまり期待しない方がいいと思う。その、人柄的にあんまり強いこと言えなさそうだし」


 榛菜が申し訳なさそうに答える。


 難しい顔の四人に遠慮がちな様子で康二が手をあげた。


「いろいろ考えてもらって悪いんだけどさ。いいのか? 別にお金も出せないし、何か借りを返せるわけでもないし。そこまでやらなくてもさ。俺は俺で3年にちょっと仕返しできれば別にそれでいいと思ってるんだけど」


「康二さ、見た目とか口調とかだいぶあれだけど、なんだかんだ人がいいよな」


 凛太郎の感想には全員が同意した。康二は坊主頭、筋肉質、背は並だが肩幅があり、目が鋭く口調も荒めなので、外見上は威圧的な印象を受ける。その割に話し込んでみるとちゃんと反応もするし返事の間を開けたり気を遣っている。


 初めて会った時は「煙草を捨てていたことが発覚したのではないか」という緊張感と焦りがあったので攻撃的になったのだろう、と今ならわかる。


「見た目あれってなんだよ」


「そうなんだよ! もっといってやってくれ。僕も散々いってるんだけど、これのせいで良いようにこき使われたりいじめられたりするんだよ。見た目とのギャップが悪い方向に働いているんだなきっと」


「お前な、人に煙草買わせたりしといて言えることじゃないぜ」


「それは、まぁ」


「友情だねぇ」さくらはにっこりしている。


「じゃあ、とりあえず目標のすり合わせはできたかな。作戦は具体的にはこんな感じだ……」




 晶は、榛菜と練った作戦プランを大まかに話した。




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